ホラー味の強いストーリーが多めの印象でした。
全11篇。さらにどの話にもミステリー的な意外さがありそれまた楽しい。『停留所まで』や『同窓会』はある程度想像の及ぶ部分もありましたが、『写真』は油断していたので最後にゾクッと来ましたし、表題作に関しても真相が魔的で実にいい。どのストーリーも奇想天外であり、いい意味で架空無稽な全11篇であったと思います。
もちろんホラーだけでなくSFテイストな話も収録。欲を言えばユーモラスに振り切ったエピソードも欲しかったところですが、とはいえ全体を通して小林泰三小説のフィネスが感じられる一冊になっていると思います。
内容
脳髄工場
友達
停留所まで
同窓会
影の国
声
C市
アルデバランから来た男
綺麗な子
写真
タルトはいかが?
以下は、特に好きなエピソード。
脳髄工場
犯罪者の脳を矯正するための「人工脳髄」。その「人工脳髄」は脳内環境を健全に保つことが可能であり、犯罪者のみならず、ほとんどの国民に普及している。むしろ「人工脳髄」を装着していない者のほうが少数派なのである。そんな世界において少数派に属する「僕」は、自分の自由意志を尊重し「人工脳髄」の装着を拒み続けてきた。
しかしそんな「僕」も、高校生になり遂に「人工脳髄」を埋め込むことを決心するのである。
約90ページの、11篇の中では一番の長尺。
特異な世界観の一篇であり、「自由意志」がキーのひとつになっているようでした。
自分の意志で自由に決めたと思っている行動も、その実、置かれている環境や外的規律によって限りなく限定されている。人間の選ぶ行動は、無限に選択肢があるように見えても、実際はある程度決まっているものだろうとは思います。
真相がまたぶっ飛んでおり、本作の中では一番好きなストーリーでもあります。
友達
小心者で冴えない「僕」。地味で無口な性格であり、好きな女の子に話しかけることさえできない。そんな「僕」は、相談役としてもう一つの人格を生み出した。その人格は、自身に溢れ理路整然としており、自分の理想像を体現せしめたものであった。その人格のお陰で少しずつ自信を持てるようになった「僕」であるが、一方で記憶の欠落が起こるようになってきた。知らぬうちに、もう一つの人格が力を持ち始めてきたのである。
いわゆる多重人格のストーリー。もう一つの人格がオリジナル以上に力を得ていくというその不穏さが、なかなか肝の冷える展開であります。それでいて最後はどこか哀感が去来する終わり方でした。
タルトはいかが?
弟から姉に宛てた手紙。そこには同棲相手との奇妙な生活が綴られていた。最初のほうこそ多幸感に包まれていたのだが、次第にその内容は変質していく。ひたすら「血」を欲する二人の男女。その同棲生活は凄絶を極めてゆくのであった。
ほとんどが手紙だけで構成されているストーリー。これもまたミスリードが仕込まれており、見事に引っかかりました。
血の匂いが香るブラッディな一篇であり、そしてこのインサニティ滾るラストで全体を締めるセンスが最高です。
全11篇。
『C市』や『アルデバランから来た男』などはSF然とした佇まいではありますが、どちらかと云えば全体的にはホラー色が強いかなって印象でした。中でも『友達』や『影の国』なんかは特に怖気走るものがあります。そして、そのホラー色の中に仕込まれているミステリー的な仕掛け。ホラーとミステリーが相和した11篇であり、小林泰三小説はじめましての人でもホラー・ミステリーが好きであれば楽しめるのではないでしょうか。
読了:2023年2月25日