今回の探書は『新約聖書(丸善版)』。前回は『桃太郎』から思いも寄らない方向に話が進みましたが、今回はそれ以上。特に中盤以降、およそ「聖書」という書名からは連想されないであろう方向にストーリーが展開していきます。ずいぶん荒唐無稽だなって思って読んでいましたが、暗号の指し示す御用金の真実はこれまた意想外でしたし、安定のストーリー展開とドライブ感でだいぶ読み耽っていました。そして事件の果てには、ひとりの小説家としてステップアップを果たし、悟りも啓いた主人公。

巻末にコミカライズ記念オマケ漫画が載っていますが、これもちょっと笑いました。

 

 

 

梗概

杉浦李奈に対する執拗な嫌がらせ。

アマゾンの評価は軒並み星1。行ったことないホストクラブでの痴態が捏造されるし、書いた覚えのない官能小説が出版社に送られる。

せっかく上梓した小説が好調にもかかわらず、それに水を差す悪質な名誉毀損行為。そしてそれを企てたのは鴇巣東造。巨額の負債を抱えてはいるが、一大企業の社長である。そんな人物が、なぜ一介のラノベ作家を目の敵にして嫌がらせを繰り返すのか。そこには、とても想像の及ばない大きな計画が潜んでいたのである。

 

 

探書七・丸善版新約聖書

導入は上記のような感じです。

そして、嫌がらせを止める見返りとして鴇巣社長が要求したのは、丸善の出版した『新約聖書』を探し出し「聖書」に関する研究本を執筆せよ、というもの。

負債塗れとはいえ大企業の社長が、何故こんな手の込んだ嫌がらせを行ってまで、『丸善版聖書』など欲しがるのか。いまいち目的の見えない脅迫行為に屈するかたちで、主人公は『丸善版聖書』を探してゆきます。

その探索の中で、例によって起こる殺人事件。さらには拉致&誘拐。これまでの事件では、主人公ほとんどが巻き込まれ型の関わり方が多かったわけですが、今回は明確にターゲットにされています。反社組織も出てくれば強面も出てくるし、全体的な危機感や焦燥感は、『Ⅲ』のクローズド・サークルと同じくらいのインパクトがあったと思います。

 

 

 

「聖書」を欲しがる理由

そしてインパクトというなら、その「聖書」を探す目的。ネタバレになるので具体的な内容は控えますが、これがまた想像の埒外であり、「聖書」という言葉から連想されるような代物ではなかったと思います。このシリーズではこれまでも、『シンデレラ』からパクリ小説事件になったり『桃太郎』から「毒親」の話になったり、いろいろ凄い方向にストーリーが展開していたわけですが、今回もまた結構凄いものをブッこんで来た感があります。なかなか荒唐無稽で読んでいて愉快でありました。

正直なところ、中盤辺りを読んでいるときは、今回はいつもよりトーンダウンしているかなって印象がありましたが、この「目的」が明らかになってからは一気にスピード感が増したように感じられたものでした。

もっとも、聖書の内容そのものを追究したり聖書の謎に迫ったりというストーリーではないので、そうゆう展開を期待している方は肩透かしを食うかもしれません。一応、序盤に「聖書」に関する蘊蓄が少し載ってはいますが。

 

 

 

新人作家・杉浦李奈の立身

この事件の果て、これまでZ級ラノベ作家の評価に甘んじていた主人公・杉浦李奈は、フリーランスとして生きていくことや小説家としての在り方に対して大悟を果たします。さらに、『Ⅵ』でもその兆しはありましたが、小説家としてもこれまでの努力も報われ始めてきた模様。物語を紡ぐ小説家として、難事件を解決する文学探偵(?)として、そしてひとりの人間として、旭日昇天の勢いで成長を遂げてゆく主人公。『Ⅰ』の頃は社交性も行動力もコミュニケーション能力も備わっていない底辺ラノベ作家だったわけですが、いまは別人レベルの英姿を誇っている気がします。まあ、殺人事件だの盗作事件だのクローズド・サークルだの普通に生活していたら縁の無い厄介事に隔月で巻き込まれていれば、肝も据わるようになるものかもしれませんが。初登場の時点ですでに頭脳明晰な聖人君子だった『万能鑑定士Q』や『千里眼』とは違い、この辺の成長ストーリーが『ectirure』シリーズの特徴のひとつになるのかなとは思います。松岡圭祐小説ではこうゆうストーリーは何気に珍しいような気もします。

ちなみに、その『万能鑑定士Q』も『Ⅴ』に続いて参戦していますが、今回は少しだけ。全体で2~3箇所くらいの登場になります。

 

 

 

 

 

 

今回のサブタイトルは『レッド・ヘリング』であり、これだけだとどうゆう話なのか中々想像しにくい感じがありましたが、実際想像の斜め上の展開を見せてくれたと思います。展開の意外さとストーリー展開で一気に読み耽っていました。

さて、次回の探書は太宰治の模様。そして夏にはコミカライズも予定されているそうです。

 

 

 

読了:202314