エリートから猟犬へ。狡噛慎也が監視官から執行官に成り下がった仕儀。本編でもときどき触れられている「標本事件」を綴った一冊であり、アニメ本編を観ているときのドライブ感と高揚感で読めました。

人間を殺してはオブジェのごとく装飾を施して衆目に晒す。そんな猟奇事件を追っていく、若き日の狡噛と組織の鼻つまみ者、そして巻き込まれる女子高生。

その果ては、アニメを観ていたので大体察しはついたわけですが、悔恨や瞋恚が去来するなかなか救いがなくトラジックな顛末。ここから三年後、アニメ本編へと繋がっていきます。アニメを観ていた人はもちろん、アニメを観ていないでこの小説を読む人は少ないとは思いますが、そうであったとしても楽しめるように書かれています。小説でも楽しめる『PSYCHO-PASS』。

 

 

[内容]

第一章 むかしばなしをはじめようか

第二章 おひめさまとおうじさま

第三章 わるいまほうつかいののろい

第四章 ふたりのおしろ

第五章 じょうしきもののおうじさま

第六章 わるいまほうつかいたいじ

第七章 なまえのない怪物

第八章 ひみつのゆりかご

最終章 名前のない怪物

星の数と悲劇の数についての考察

 

 

[梗概]

公安局刑事課に所属する狡噛慎也と佐々山光留は、巨大廃棄区画・扇島において、素行不良の少女を補導していた。少女の名は桐野瞳子。名門・桜霜学園の生徒であり、憧れの教師のあとを追って廃棄区画に足を踏み入れたという。

一方、巷では猟奇殺人が人心を惑わせていた。同一犯と見られる犯行が二件起こっているが、なにより異様なのはその死体。それぞれの死体はあたかもアート作品を展示するがごとく、装飾されていたのであった。本件は広域事件に指定され、刑事課が総員で捜査にあたる。その中で狡噛と佐々山は、二人目の被害者の身元特定を命じられる。

 

 

[名前のない怪物]

主に狡噛、佐々山、そして桐野の視点でストーリーが進んでいきます。

猟奇殺人を追いながら、素行不良少女に亡妹を重ねる執行官。一方、不良少女は最初のうち執行官を邪険に扱うも、そこから少しずつ胸襟を開くようになる。さらに一方監視官は、様子のおかしな執行官を持て余しつつも、その身を案じながら捜査を進めていく。

 

そんな監視官・狡噛と執行官・佐々山。石部金吉のエリートと、捨て目は利くが組織では爪はじきされる厄介者。現実ではあまり無いだろうって気がしますが、この手の刑事サスペンスではよくある人物相関と云えるでしょう。

監視官と執行官。寄り添うべきか一線を引くべきか。どうあるのが正着なのかは分かりませんし考えても詮無いかもしれませんが、こうした葛藤や逡巡が監視官・執行官両方の視点で描かれています。この辺の話については、アニメにおいても常守朱を主人公に据えて描かれていたと思います。

そんな立場の異なる二人が、捜査、衝突、麻雀などを経て深めていく理解と信頼。だけど見ようによっては、ここではそれが裏目に出たような顛末。『PSYCHO-PASS』って結構酷いことが起こると云うか、普通なら間一髪助かりそうな局面でもそうはいかない場合がままあって、それがまあ好きなところでもあった訳ですが、この事件もそんな救いの無さが中々インパクト強くて好きでした。

そしてこの事件の下手人は、背徳的で倒錯的であり『PSYCHO-PASS』らしいデメント感が実にいいと思います。

 

 

2012年に放送され人気を博した『PSYCHO-PASS』。その前日談となる一篇であり、読んでいるとアニメ本編もまた見直したくなってきます。アニメのほうで名前が出てきていた「標本事件」と、監視官から執行官に堕した仕儀が描かれているので、アニメしか観ていないという方はぜひ小説も手に取ってみてはいかがでしょうか。ちなみに宜野座やとっつぁん、唐之杜など、いつもの人たちも結構出ています。そして後顧の憂い・槙島聖護とのファーストコンタクトも。

 

 

 

 

 

 

[星の数と悲劇の数についての考察]

ちなみに、巻末のショートストーリーはクリームパン。

よくある日常編であり、箸休めの一篇って感じです。公安局の刑事たちが、二つのクリームパンを三人で等分するという命題に取り組む。もっともらしい小理屈を滔々と語る狡噛と地味にクリームパンを所望する宜野座がツボ。まあクリームパンなんて、三人のうち一人が俺はいいよって譲れば済むことだろうとは思うのですが。

 

  

読了:20221022