復讐に身を投じる若き伊賀忍者。

愛妻を拐かし死に追いやり、のみならず死して後もその身を辱しめる。そんな悪鬼羅刹の所業に耽るは極道法師こと果心居士の弟子七人、そしてその全ての元凶たる松永弾正。彼らを討ち果たし亡妻の無念を晴らすため、伊賀忍者・笛吹城太郎は孤軍奮闘する。

例によって物理法則や人体の仕組みを無視した忍術戦はやはり胸が高鳴りますし、想像の埒外のストーリー展開には痛快さもあります。そして結ばれぬ若き男女の悲恋には哀絶を覚えるものがあり、先の展開が気になって始終読み耽ったものでした。復讐劇と奇想天外の忍術、そしてエロスが相和した稀代の忍者小説だと思います。

そしてラストは剣聖・上泉伊勢守vs果心居士。この世紀の対決が拝めるのも嬉しいところ。

 

 

 

 [梗概]

叛骨の武将・松永弾正。かの武将は、三好義興の妻女・右京太夫に人知れず邪恋を抱いていた。その執心を察した戦国のメフィストフェレス・果心居士は、右京太夫を恣(ほしいまま)にするための奸計を巡らす。この老獪な幻術師が具申した方法は、女性の愛液から作られる「淫石」を用いるというもの。この「淫石」をから出来上がった茶を飲んだ者は、愛欲の虜囚となり、服用後はじめて目の合った男に淫心を滾(たぎ)らすのであった。

一方、伊賀の忍者・笛吹城太郎は、妻の篝火(かがりび)を連れて、鍔隠れの谷へと帰郷の途についていた。そんな二人の前に、得体の知れない七人の僧兵が立ちはだかる。彼らは、果心居士の弟子の根来忍法僧であり、「淫石」を作るための女を用意することを厳命されているのであった。僧兵たちは、常軌を逸した忍法で城太郎を打ち据え、まんまと篝火を拐かす。

哀れ生木を裂かれ、生きながら辱めを受けるくらいなら、いっそ死ぬるほうがマシ。篝火は、僧たちに犯される段に及んで、自らその命を絶つ。

後にその仕儀を知った城太郎。激しく慟哭し、愛妻を拐かした僧兵たち、そして松永弾正に復讐することを決意するのであった。

 

 

 

こんな感じのストーリーです。

怨敵である根来僧たちが繰り出すは、物理法則とか人体の仕組みとか色んなものを無視した奇想天外の忍術。切断された人体を自在に繋ぐ「壊れ甕」、経血を含ませた薄紙「月水面」、あるいは内側が鏡になっている「かくれ傘」など、邪法外法の数々。

これら人外たる怪僧たちに対して、孤立無援の伊賀忍者が、いかにして立ち向かっていくのか。どんな奇策を弄してその首級を上げていくのか。その辺りは下剋上・バトルアクション的展開は、読んでいて胸の昂ぶりを禁じ得ないものがあります。

そしてこの争忍の渦中には幾人かの女たち。闘争に翻弄される者、あるいは奸計を巡らす者。同じ顔をもつ女たちによる入れ替わり成りすまし。この女人たちが話を面白く(ややこしく)して、そして不気味さを演出してくれます。その果てに待っているは胸打つ哀切。

「わたしはあの茶は服みませんでした。…でも…」

 

 

 

 

 

 

山風小説については『甲賀忍法帖』をはじめ、『柳生忍法帖』や『魔界転生』などの名作が、せがわまさき氏により漫画化されているのですが、この作品はまだ漫画にはなっていないようです。これこそ漫画化されたら面白いんじゃないかって気はします。奇想の忍法、キャラ立ちしそうな登場人物たち、派手な展開、そしてエロス。漫画映えしそうな要素はいくつも含まれていると思いますし、実際、自分も読んでいるときは脳裡にあのテイストの絵を想起しながら読み進めていたものでした。

そしてその果て、ややネタバレにもなりますが、柳生新左衛門があの「石舟斎」を拝命する。その場面が読めるのも、コミカライズ『YM』『十~忍法魔界転生~』などを愛読していた身としてはたいへん嬉しいところ。石舟斎については、両コミックにおいては名前しか出ていなかったと思うので、そうゆう意味でも漫画化された『伊賀忍法帖』というのは是非読んでみたいものがあります。

そんな忍法帖シリーズ11作目。奇想の忍術、邪悪、哀絶、悲恋、そしてエロス。稀代の復讐忍法劇になっていると思います。炎中での謎めく決着もまた印象深いクライマックスでした。

 

 

 

読了:202234