喫茶店には物語がいっぱい。
ユーモラスであったり微笑ましかったり、あるいは邪知深かったり。喫茶店に視軸を合わせたショートショート25篇。それぞれ趣向も切り口も違っており、どの話も楽しめたと思います。
喫茶店の定番と云えば別れ話『フレンチプレスといくつかの嘘』、モンブランへの不当なヘイト『モンブラン死すべし』。他にも青山美智子さんや志賀晃さんは安定のクオリティさを誇っていましたし、はじめましての作家さんの作品も「このミス」らしく意想外の展開が仕込まれていて大層楽しめました。
そして個人的ハイライトは七尾氏『全裸刑事』。くやしいけど笑いが止まりませんでした。この内容で喫茶店の名前が「マーラ」ってあなた。
[銀河喫茶の夜] / 黒崎リク
夏の暮れ、祖父に連れて行ってもらった喫茶店。優しい語り口の不思議なストーリー。
最後には哀切が去来する展開であり、25篇の中ではちょっと珍しいと云うか、そうゆう意味で面白い目立ち方をしているかと思います。特に好きな一篇でした。
[雨の日のモーニング] / Swind
雨に降られた男性が駆け込んだ喫茶店。そこで提供されるは名古屋名物モーニング。
まあ特に何も起きないし徹底的にどうってことない話ではあるのですが、こうゆうの好きな人は案外多いんじゃないかと思います。ミステリー的な仕掛けっていう意味でも一番好みだったかもしれません。
[鳥籠] / 深沢仁
たまたま見つけた喫茶店。そこには金色の鳥籠があり、唯一のメニューであるコーヒーが提供され、そしてこの世のものとは思えないほど美しい店員がいた。それらに魅入られた「私」は、その喫茶店を「鳥籠」と名付け、以来通い詰めることになる。
不思議でどこか妖しさを湛えた一篇だと思います。ある意味逆・牡丹灯籠みたいな印象があって、雰囲気的にも一番好きでした。
[「愚痴喫茶」顛末記] / 海堂尊
『チーム・バチスタ』に関しては、名前は知っているものの小説も映画も未見だったので、ショートショートとはいえ、そのシリーズの一篇が読めたのはなかなか拾い物でした。病院内に喫茶店を作るという無茶振りの話。ユーモラスでウィットに富んだ語り口が痛快でした。
はじましての作家さんは勿論、名前は知っているけれど小説は未読っていう作家さんも多いるわけで、そうした方々の作品も読めるのはアンソロジーの醍醐味のひとつと言えるでしょう。
古今東西、「喫茶店」という場所は小説において、恋愛やビジネス、あるいは警察や探偵の捜査など、さまざまな登場の仕方をしていると思います。だからこそアンソロジーのテーマとして選ばれたのでしょう。もっとも、ある意味手垢の付いた題材と言えるのかもしれませんし、その分書くのは難しいのでしょうか。短くても書くのは呻吟を重ねたと思いますし、SFだったりギャグだったり海外が舞台だったり、趣向を凝らして個性を生かしながら仕上がられた25篇だったと思います。どれも10ページ程のボリュームなので、肩肘張らず気軽に読めます。
ちなみに、猫と喫茶店は相性が良いのか、はたまた単に猫好きな作家さんが多かったのか、まあその辺は判然とはしませんが、何気に猫が出てくる話が多く収録されており、それが妙に興味深かったです。
[執筆者]
青山美智子
乾緑郎
岩木一麻
岡崎琢磨
海堂尊
柏てん
梶永正史
喜多喜久
黒崎リク
佐藤青南
沢木まひろ
志賀晃
城山真一
Swind
蝉川夏哉
高橋由太
塔山郁
友井羊
七尾与史
柊サナカ
深沢仁
降田天
堀内公太郎
三好昌子
山本巧次
読了:2021年9月28日