残された時間が1年や3年というのも辛い話ですが、10年もまた残酷だと思います。
老少不定。不治の病で十年以内に必ず死ぬ。タイトルどおり、そんな悲運を強いられた女性の物語。その中において、傷つけられ傷つけ合って、そして恋し愛された彼女の10年が、読みやすい文章と起伏ある展開で綴られています。随所で痛みを覚えつつもストーリーは面白くてほぼ一気に読み耽りました。
この世に生きた痕跡を残せたし、愛した者を進むべき道に戻せたし、もう悔恨は無いという悟りを得つつも、押し殺した胸中があふれるその最期は、哀感胸に迫るものがあります。
[梗概]
主人公・茉莉(まつり)は、二十歳の時分、己が不治の病に侵されており10年以内に必ず死ぬ、つまり余命が10年であることを知ってしまう。
二年の入院と治療において、食事や運動に制限は課せられるし完治もしなかったものの、それでも日常生活を送れるようにはなる。そして退院後、茉莉はアニメを観たり、漫画を描いたり、同人イベントに参加したり、残された時間を謳歌していた。そんな中、茉莉は小学校の同窓会に参加し、そこで同級生・和人と再会する。
その後も二人は遊びに出掛けたり買い物に行ったりデートを重ね、やがて互いに惹かれ合っていく。
だが茉莉は、己が数年以内に死ぬ身であることを、どうしても伝えられないままでいた。
そんな物語。20歳・余命10年。その時間を短いと捉えるか長いと考えるか。
言うまでもなく20代といえば、就職・仕事・転職・恋愛・結婚・出産などライフイベントは枚挙に暇がないわけです。もっとも昨今は多様性が謳われる時代なわけで、誰もがこれらを経験するわけでもないし、経験しなければ不幸せだなんて事もないのだろうとは思います。これらのイベントに興味が無い20代だっているでしょうし、こうゆう類型的な例を挙げて、これがデフォルトの20代ですなんてのは通用しないのでしょう。ただ、それでも多くの人が20歳を過ぎれば、それなりの社会経験やライフイベントを経ることは間違いないでしょう。
しかしそれが、10年以内に必ず死ぬという境遇においては、出来ない諦めざるを得ない事が幾つも出てきてしまう。もっとも残された時間が1年や3年では諦めざるを得ないことも、10年であれば出来ることもはるかに多いのでしょうが。ただ、それでも矢張り諦めなければいけない、あるいは最後までやり遂げられないことは存在するでしょう。
また、医療も技術も日々進歩しているわけで、10年も時間があればもしかしたら新しい治療法が開発されるのではないかとそんな希望も抱いてしまう。でもやっぱりそんな技術は夢のままで、残された時間は変わらないまま、という可能性もまた存在する。そうゆう意味では、余命が1年や3年の場合より残酷とも言えるのかもしれません。
そうしたことを勘案すると、20歳・余命10年という境遇はフィクションとはいえ不謹慎かもしれませんが、小説のシチュエーションとしては面白いなと思いました。
そんな境遇にある女性の10年。漫画の製作や同人イベント、恋人との逢瀬に胸を高鳴らせることもあれば、友人からの節介に憤りを感じたり、自分より不幸な人間を見つけて優越感に浸ろうとする他人の嘲笑や偽善に人知れず傷ついたり。そのたびに己の惨めさと自己嫌悪に打ちひしがれる。
その果ては、ややネタバレにはなりますが、病床における独りの最期。
「どんな生き方だったよかったのか」「後悔していないと言えば嘘になる」
最期の独白。漫画を上梓したり、大切な人にドレスを作ったり、別れた恋人を本来の道に戻せたし、そして身近な人は新しい命を宿した。10年の間に成し遂げたことは幾つもあるけれど、それでも悔恨は胸の裡に凝っている。そんな彼女の最期。タッチングで実に胸に迫るものがあります。
今わの際に「後悔は無い」なんて言えればいいのでしょうけれど、実際はそんな、悟りを啓いた高僧のごとく静かに入滅するなんて事はなかなか無いのでしょうし、いくらでも悔いはあるものなのかもしれません。悔いる気になれば悔いばかりだし恥ようと思えば恥ばかりなのかもしれませんし。
死生観なんてものは人それぞれで、何が正解なんて決まっているものでもなければ、こっちが良くてあっちが悪いなんてものでもないのだと思います。最後の場面ではありませんが、中盤はちょっと安っぽい青春ドラマみたいなやり取りもあったり、読んでいるこっちが恥ずかしくなるようなところもありましたが、まあこれくらいの方が読むほうに届く場合もあるかもしれません。
総じて読みやすくて、展開もアップダウンが多くストーリーも面白いですし、重いテーマであっても一気に読み進められます。
世の中どんな病気が存在するのか分かったものでは無いわけで、誰しもがこうゆう境遇にはなり得るのだろうとは思います。そうなったとき自分ならどうするのかと想いを巡らしながら読み進め人も多いでしょう。己の不幸を嘆き世の不公平を呪って泣き暮らすのか、開き直って残された時間を謳歌しようと勤しむのか。
自分のこれまでの人生や今の生活、あるいは未来に想いの向く一篇だと思います。
読了:2021年6月22日