嫉妬もホラーも乱心も金沢ではごく日常。
そんな県民性があるかどうかは知りませんが、まあ無いと思いますが、こちらは金沢を舞台に据えた情と念が滾る短篇全十話です。
夫と平穏な日常を送るもゲスなかつてのひも男と寝てしまう元ソープ嬢(「天女」)、一年に一度だけ新調した着物に袖を通して男と逢引きする水商売の経営者(「雪おんな」)、障害をもって生まれた息子を亡くした母親(「聖女になる日」)など、さまざまな境遇の女性十名のお話。一話目から女人の間の嫉妬や蔑み、劣等感狡猾さが盛大に窺え、どのお話もなかなかに尋常ならぬ愛憎を見た気がします。
「過去が届く午後」「魔女」ではホラーのような展開に総毛立ち、「川面を滑る風」「愛される女」には意想外のラストに堂目し、「玻璃の雨降る」ではなにか切なさが残り、十篇それぞれ特徴があり読んでいて飽きません。
そして、九篇の情と欲を経て、一番好きだったのが最後の十篇目「夏の少女」でした。この世ならぬものである少女との邂逅。その子が誰なのかに思い至った刹那、実に胸を打たれるものがあります。
各話25ページ前後なのですが、こんな短い中でもいろんな人たちの境涯やストーリーを描くことができるんだな、と改めて短編小説っていうスタイルの面白さを感じたものでした。そして、これだけ多くの女性の胸中を活殺自在に描く唯川女史にも畏敬の念が湧いてきます。
[目次]
いやな女
雪おんな
過去が届く午後
聖女になる日
魔女
川面を滑る風
愛される女
玻璃の雨降る
天女
夏の少女
唯川女史は金沢のお生まれだそうで、同じく金沢を舞台にして『夜明け前に会いたい』という長編も書かれています。ホラーや乱心物狂い染みたお話ではありませんでしたが、妙齢のご婦人と加賀友禅作家の恋情を綴ったお話で、そちらもまた面白い一遍でした。いずれにしても、こんな風に自分の生まれ故郷を舞台にして小説が書けるというのは素敵な話だと思います。自分も雪国生まれですけど、出身地を舞台に小説を書けって云われても、まあ小説家じゃないから当たり前ですが、絶対こんな風にはならないです。スターバックスができたたけで祭りのような騒ぎになるとか、イオンに買い物に行くと必ず知っている人に会うとか、だいたい自虐とネタばっかりになる気がします。この『病む月』はそんな品の無さはありません。文化と歴史薫る土地柄、そんな金沢とそこに住まう人たちに想いが向く全十篇です。『夜明け前に~』と合わせて読むとより面白いかもしれませんね。
読了:2019年5月13日