来て下さりありがとうございます。
「生かされている」という言葉
今まで「意味があって」生かされているとか、
尊い、そんな意味でしか使わないと思っていたけど
それが、ただ生活を続ける、
目的なく毎日を過ごす、
半ば「強制的に」生きなければならない、
という意味だったとしたら。
身近な人がこの数年で何名か亡くなって
本人にも、残された人にも
それぞれいろんな思いがあって。
そして、私自身も明らかに今まで生きてきた時間より残された時間のほうが短いことを突きつけられる。
若輩者の私がそう感じるのだから
「ただ生きている」人って
思っているより、かなり多いのだろう。
お役目ってなんなのだろう
生きる意味ってなんなのだろう
生きる意味を見いだせるのだろうか
これといった目的や役割が見えなくなった時
私はどうするのだろう
ふと、よぎる。
突っ走れる今が幸せで
当たり前でなく、毎日が奇跡の連続で
心配なあんな事やこんな事が
小さく、またちっぽけであること
そんな時間がもったいない、と
「生きている」と「生かされている」とでは
全く違うものだ。
何十年も生きて、子どもを育てていても
まだまだ、見えていないことが
ほとんどだ。
ほんの少しでも
笑顔になれることがあれば。
自分を愛することができたなら。
それは、いとも簡単に、叶うことなのだろう。
また、大切な人に、
それを与えることが
できたなら。
冬空を見上げながら思う
やはり、今日を、今を大切に、と。
あなたも私も幸せでありますように。
ありがとうございました🍀
