先週の水曜日
ホルミシスルームに向かう道中
夫との車での会話で
夫から
太陽さんはどうして岐阜から
浜松の実家に戻ったんだっけ?と
質問された
高校までは実家
専門学校で名古屋
就職で岐阜
自由のない厳しい実家に何故戻ったの?
それが夫の疑問だったようだ
質問に答える時
時間がかかった
口がゴモゴモとして
言葉を言おうとすると
声が震えて泣きそうになる
そして 声は震え泣く
泣きながら
弟が事故で亡くなった
お母さんがかわいそうだ
太陽浜松に帰って来てくれないか?
父が車の中で後部座席のわたしに頼んできた
母はその時いない
覚えてる…
この時のわたしも口籠もり
体は固まった
そして父に言った
帰ってきても母とはうまくいかないよ
上手くいかない時
お父さん助けてくれる?
父はこう言った
我慢してくれ
母のためにわたしが我慢する
またか…
わたしの人生どうでもいいのか
母さえよければ
父を恨んだ
わたしは悲しかった
アレから30年強の時が経っていても
あの当時を思い出すと
一瞬で心はギューと苦しくなり
涙がでて
夫はおいおいどうしたどうしたと言いながら
よく浜松に戻ったな…と言った
夫のよく浜松の戻ったなという言葉に
なんか救われたように感じた
分かんないけど助けられた
30年強
心の底に
まだまだ深いとこにあった
悲しみに
そうかそうか とよしよしと
優しく触れてもらえたように感じた
翔太さん(夫) ありがとう