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Kai-cota-anとのblog

わんこと趣味やあれこれ

ラブ×柴の穏やか紳士な大型犬の海渡くん
(2021.11.27、18歳2ヶ月で虹の橋へ)

超ウルトラフレンドリー坊っちゃん柴の小太郎くん(2022.8月現在10歳)

元保護犬な『天パのお嬢さん』ビションフリーゼ琥珀(アンバー)さん(2022.8月現在5歳)

※GOさんのブログより
画像をお借りしましたm(__)m


行って来ました
保護犬の会in横浜ハウスクエア



今回は、海渡が残して行った
ペットシートを託すために

レギュラー、ワイド、Sワイドを
常に、1袋を開封したら1袋購入
そんな2年余りを過ごしていて

その、追って購入ストックしていた
3サイズの未開封をお届けのため

それと、私がうっかり?
ついつい『可愛いっ』って
衝動買いしたワンコ用のベッド2つ

白地に苺柄とピンク系のチェック

自宅なら、コタが使えなくもない
丸々したら収まる?サイズだけど
海渡が使っていた大型犬用ベッドを
愛用中な小太郎おじさんww

海渡がまだ元気だった頃
大型犬と中型犬の♂2人なのに
苺柄に萌えた私ww

↑ココからおかしいww


さて、会場

GOさんは、里親希望さんかな?
熱心にお話されていたけれど
最近さんなサポートスタッフさんが

『サークル跨いで中にどーぞ』と

夢の中なトットン君発見!

上手く表現出来ないけど
眠っているだけなのに…神々しくて
生のトットン君!←言い方(汗)
それだけでありがたいと言うか

憧れのスターが目の前に!な感じ

会えて嬉しい!
手を伸ばしたら触れられる
けど、触れてはいけない宝物?
みたいな、上手く表現出来ない感覚

隣に、タオルに包まれた
小さな小さな『たこ焼き君』が!!



『抱っこどーぞ♪』って渡されたけど
余りの小ささに、左肘辺りで抱えて
完全にフリーズした私(・・;)

※1
小さい認識は我が家基準
※2
我が家のヨーキの基準は
友人宅の『中型犬なヨーキ』
サマーカットでビーグルに変身

GOさんのとこに来れて良かったね
って、指先でなでなでしながら
話しかけると、ちょっとお顔を上げ
くたーんと脱力して眠ってくれた。

壊しそうで怖くて
医療を頑張って間もないだろし
お返ししたら、丸くなって眠ってる
トットン君のお腹~腰のあたりに
よじ登って、くたーんと寛いで…

ひとくくりに言えないけど
シニアなワンコの癒し愛しさetc.
晩年の海渡に重なる空気感も…


サークルの中では、募集中の子や
卒業ワンコさんが次々ご挨拶に来て
にやにやが止まらないっ(*´ー`*)



おたべチャンと抹茶チャンは
そっと寄り添って寛いでくれて
なでなでしていたら…寝たあ♪
いや、もう…たまらんっww

清水寺ちゃんは、GOさん一途
ご挨拶回りしたら、GOさんの近くで
じっと見つめているおりこうさん

京野菜ちゃんは、明るく活発で
ご挨拶や、甘え上手なおりこうさん

かにえチャンは控え目な美少女
他の子のご挨拶中は少し離れて
終わったら優しく控えめに
『こんにちは。くんくんさせて』
『くんくん終了。ありがと』ペロッ
(*≧∀≦*)たまらーん


萌えやらキュンやら大渋滞


父ちゃんと交代したら
やっぱり同じ印象だったそうで

『普通に撫でてただけなのに
マルチーズさんが寝たんだよぉ
あの子は誰?何ちゃん?』

帰りの車中はしゃいでたww

『小型犬は何故か俺に寄りつかん
壊れそうだし、ちょっと苦手かも』
な、我が家の父ちゃんww

触れ合う事が出来て、少し…
いや、かなり感覚が変わった様子



さて、私がサークルにいた頃
小太郎は父ちゃんと探検してて
看板犬な黒ラブさんに遊んで貰い
おうちを探し中な柴さんを愛でて
トンネルゲームをしたそう。

コタ、楽しかったんだろなあ
帰路ずっと寝言の嵐←爆睡

私は、たこ焼き君の抱っこで
フリーズした幸せな筋肉痛ww

いや、緊張するって!
普段は11kgを抱っこしたり
肩に担いだりしているんだもの
コタの1/10とか、緊張するって


実は今日、誕生日だったの私
とってもあたたかな時間を頂き
幸せな誕生日を過ごせました♪

また機会があったら
コタのジャーキーのお買い物に
寄らせて頂きたいなあ…♪



あれから、39年



実家は



秋田県の住宅被害数のうち
『半壊』になったのだけれど

昨今のように
『被災』の周知や救済などは
ほぼほぼないに近い頃で

半壊は、行政が確認した後
ラクダ色の毛布1枚の支給のみ

復旧修繕は、全て自費


流砂現象や液状化などは
日本海中部地震から、一般的に
周知されたと記憶している。

被災や救済、ボランティアetc.も
ここから大々的に始まったかと

もちろん、それまでも
何かと助け合いはあっただろう。

今よりずっと深く
助け合いや、お互い様な暮らしが
普通だった時代だから。



秋田県の死亡者数が多いのは
日本海は津波が来ないんだから
地震が起きたら浜に逃げろ!な認識
実際、沢山の人が浜に逃げていた。

釣りをしていた人達は
日本海は津波来ないからって
そのまま釣りをし続けていたそう。

遠足の子供達もいた。
引率した先生達も、同様で
浜から移動せずに待機してたそう。

それで津波にのまれたから…

それで、日本海にも津波は来ると
身をもっての経験で周知された。

校舎の廊下の窓から
砂防林を超えるか?!のように
膨らんだ、盛り上がった水平線は
今も忘れられない。


あれから39年か…

最近、全国あちらこちらで
地震が増えている気がする。

震度5弱に驚かなくなった
自分にびっくりしている。

あら!大変!
被害は大丈夫かしら?
とは思うけど『エェッ?!』って
感じなくなっている事が怖い。


と、気付いたこのタイミングは
緊急時などの準備、対策、対応etc.
見直して、考え直す機会なのかも。






母が元気だった頃から
毎年、母の誕生日や母の日etc.
折に触れて思い巡らす事がある


母が、今の私の年齢の頃は
何をしていたのかなあ?


今の私の年齢頃の母は
私が結婚した前後くらいになる。

多分、安堵しながらも
式までのあれこれにため息し
費用やらにため息しては
奮起していた気がする。

よし!1人完了!
次(妹)行ってみようっ!
って


きっと
父と2人、海渡を溺愛して
おやつの雨を降らせてるww

そんな様子が目に浮かぶ


母さん
誕生日おめでとう