とうとう体外受精までステップアップしてしまった。
もっと早く結果出す予定だったのになぁ。
なんだか信じられない。
自分が体外受精に挑戦することになっただなんて。
妊活してる人たちの中で言ったら私なんかまだまだ勉強不足で
偉そうに不妊日記を書いてること自体おこがましいのですが。
私の行ってるクリニックではホルモン検査は毎回するけど、数値結果は特に言われない。
問題があれば言われるけれど、特に紙に印刷された数値結果をもらえるわけでもないし。
知ることができるとすれば、診察室に入ってから先生が来るまで少し待ちがあるんだけど
モニターに自分のカルテが出ていて、待ってる間それをチラ見して知るくらい。
公開されている自分のデータを知るのは患者の当然の権利だけど
誰もいない診察室でモニターをガン見するのに抵抗がある。
つうか、そんなことしないで堂々と先生に聞けっつう話だけどね。
でも、何も言われないということは問題ないということで自分の数値を知って
ネットで調べて自己判断して病院側の見解と自分の見解比べて振り回されるより
先生信じてお任せしようかなと。私はそんなスタンスでやってます。
じゃないと、あの時こうしたほうが良かったんじゃないかとか、
この薬じゃなくて違う薬の方がいいんじゃないかとか自分の意思が出てきて
そのうち先生を疑い出したりしそうになりそうで。
患者が陣頭指揮をとることが医者にとってもっとも厄介だと聞いたことあるし。
でも、自分の体のことを知るのは当然の権利だし自分への責任なので
分からないことや、不安に思うことは先生にちゃんと聞くことは大事だよね。
先生の判断を重視しつつ丸投げはしないっつ感じ。
セミナーに参加したのは2月初めでした。
このころの夫は仕事が立て込んでいて睡眠時間平均2時間という激務っぷり。
朝帰ってきてソファで仮眠して(ベッドに寝ると起きられなくなるから)また出勤する、みたいな毎日でした。
セミナーは午後3時からで、仕事の途中抜け出してきてもらって参加しました。
他の夫婦で来てる人たちの旦那さんは小奇麗なカッコしてたけど
うちは薄汚れた作業着。頭にはヘルメットの後付w
セミナーは、資料の冊子とスライドを見ながら進められました。
解りやすくもあり、少し難しいところもあったけど、知れば知るほど妊娠することの難しさに
改めて驚くばかり。それと現在の不妊治療事情の高度さにも驚かされました。
不妊治療は今でこそ専門のクリニックも増え、昔ほど敷居は高くないとはいえ
まだまだ発展途上の分野です。
日本で体外受精が成功したのは1983年のこと。
医学の視点から見ればまだまだ最近のことです。
そういえばTVで「試験管ベビー誕生」とセンセーショナルに報道されていたことを
うっすら覚えてるなー。
まさか自分が将来その試験管ベビーを妊娠しようとしているなんてその頃の私は
思ってもみなかったよね。12歳だったもん。生理も来てないよ。
セミナーが始まり30分位経った頃だろうか、
隣から、すぴーすぴーと鼻息が聞こえてきた。
間違いなく夫の寝息。スライド見せるために部屋の照明も薄暗くなっていたし
極寒の外とは違い、暖かい室内。私でも眠くなりそうな環境だったもんな。
始まる前、
「俺寝ちゃったら足蹴って。」
って言われていました。平均睡眠時間2時間の夫、この日も朝方帰ってきて
風呂に入りすぐにまた仕事に戻っていました。
睡眠時間をセミナーに充てていたから。
流石に寝息はまずいので咳払いしたら止まりましたが、そのまま寝かせておきました。
内容は後で私が夫に話せばいいもんね。
本当は夫にも妊娠のしくみ(分かっているようで分かっていない)や
私たちが踏み込もうとしている体外妊娠の大変さを知ってもらいたかったけど
私にとって重要なのは「二人でセミナーに参加するんだという気持ち」だったので。
この日の5日後、5回目のAIHがリセットし採卵・新鮮胚移植周期へ突入することとなりました。