腰まで伸ばした髪を短く切り、私は音楽から一時離れました。
アルバイトしてた運送会社に正社員で雇って貰いトラックドライバーとして働き始めたのです。
元々が中学時代からアルバイトで慣れ親しんだ会社なのでちゃんと就職した気分ではなかったですが(笑)
来る日も来る日も明け方から夜まで働き週末は仲間と酒を飲み、相変わらず音楽は好きで聴いていたもののバンドをやってた頃とは180度違う生活が一年ほど続きました。
そして転職し、ますます生活の中に音楽がなくなっていく事に少し寂しい感情を抱き始めるのです。
そんなとき夜中に何気なくテレビを見ているとその日の最終に流れるイベント情報みたいな番組でTHE MODSのライブ情報が流れました。
「おぉ、モッズやん!まだやってたんや…そういえば高校の途中から全然聴いてなかったなぁ…」
私は翌日CD屋へ行き、新しく出ていたモッズの新譜やそれまでの何枚かを購入し聴きまくりました。
「カッコええなぁ、やっぱり俺はこっち側なんかな?」
それ以来は中学や高校時代に聴いてたモッズ、ARB、ブラックキャッツなどを掘り起こして聴くようになりました。
そして小学校から幼なじみのケンジとタケと3人で飲んでたときでした。私が何となく弾いてたギターに2人が反応して
「それ誰の曲?」
「別に…なんも考えんと適当に弾いてるだけや」
「ええやん、それ曲にしようや!」
「ほんでどないすんねん、バンドでもやんのけ!?」
「やろや、この3人でバンドやろや!」
何故かそう言う話になったのです。
ケンジは中学時代にベースを始めていて高校時代は私と何度も一緒にバンドを組んでました。(タッケンとも組んでましたね(笑))
タケはそれまでロックなど聞いたこともなく、ましてや楽器なんて触ったこともなかった。
「ほんならタケはボーカルせぇや。歌えるやろ!」
軽~いノリで始まったこのバンド、「魔女卵」という映画(故我王銀次主演)に出てくる暴走族の名前を取ってバンド名は「大阪ジャイアンツ」に決定。
「昔の歌謡曲みたいなヤラシ~感じのんでいこや!もんた&ブラザーズやら三原順子の曲みたいに怪しいメロディーのギターで(笑)」
さっそく曲作りを開始、昭和歌謡テイストをふんだんに取り入れた不思議な哀愁ロックが次々と出来上がっていきました。
「今こんな音楽やってるヤツおらんよな(笑)!ところでドラムどないするん?誰かアテある?」
「う~ん、せやなぁ…誰かなぁ、ん?そういや…アイツどないしてんねやろ…」
私は疎遠になっていたアツシの事を思い出しました。
専門学校時代に妙な語呂合わせで自宅の電話番号を覚えさせられてたので記憶の通りかけてみるとあいにく不在でしたが、すぐ折り返し連絡がありました。
「久しぶりやのぉ!どないしとってん?」
3~4年ぶりの会話に喜び、お互いの近況を話しました。
「ところでお前いまバンドは?」
私が切り出すと
「いま先輩らと新しいバンド組む準備中やねん。お前は?」
「俺は小学校からのツレとやってんねんけどドラムがおらんでなぁ…もしお前が空いてたらやってくれへんかと思てな。」
「そうか…こっちもまだ準備中やし本格的に動き始めるまでやったら手伝うで。おもろそうやん!」
と言ってくれました。
ほどなく我々は再会し、アツシを交えて曲作りを続行、大阪ジャイアンツでライブを2回やりました。
2回目のライブを終えアツシが
「そろそろ本格的に動き始めるみたいやからジャイアンツからはこの辺で引いとくわ。」
「わかった。俺らも応援してるしカッコええバンド作ってくれや!」
その後アツシは新バンドを立ち上げ、私は旧友のドラマーを迎えてしばらく大阪ジャイアンツで活動しました。
久しぶりのバンドは確かに楽しかったし、アツシとの再会も嬉しかった。しかし所詮は遊びで始まったバンドだけにみんなの熱もそうは続かず、すっかり音楽に対する想いがまた湧き上がってしまっていた私は一人で舞い上がっていました。頑張ってるアツシを見て羨ましくも思った。
「もう一回やるか…どないなるかはわからんけど、捨ててまうにはまだ早過ぎるよなぁ」
アパッチ23歳
なんのアテもコネもないまま新バンド結成に向けて一人鼻息を荒くするのでした。