全裸監督もシティハンターもすべてスルーしていた私がついにネトフリ民に転がるタイミングはコレしかないでしょ!


ま、どこからどう語るのか、ネタバレ無しでどれだけイケるのか、まだ観てない方(またヲタ漫画原作がおツライ方)一応お帰りくださいませ😂

いやね、2011年某ヲタ雑誌で連載開始されて5年、なんとその雑誌が廃刊、中断したところで、まさかその先が読めるなんて、しかも一般誌で作品が続くなんて(薄い本で某祭会場では読めるかもだが)誰も思ってなかったんですよ。

これは原作の井上佐藤先生も驚いていたんだけど、作品の内容このままで一般誌で良いのか何度もヤンマガ担当さんに確認したそう。

そりゃそうよね、読者層ターゲットがそもそも違うんだもんね

しかし、その人間ドラマとしての魅力に注目した担当さんに根気よく説得されて連載再開を決意したと当初言ってたのを思い出す。

あぁあれから12年

ちなみに、まだ漫画のほうは続いており、まったく完結しておりません!←DANCEも恋も進化しとる!

映画ではこの最初の5年くらいの、第一部とも言える部分で物語は展開←Ⅱがあるのかな?急いでないのもいい

それでもあの伝説の地下鉄のシーンに、へ???
どーして一気にこうなった?と思う人も多いかも知れないとは正直思う
そりゃそうよね、特殊設定、縛りあるファンタジーとしてのジャンルのお話ですから。

漫画では、実はあの地下鉄までに、ものすごーい心理戦と言うか、駆け引きと言うか、とてつもないレッスンを積み重ね、偶然のスパイスを振りかけ、女性パートナーが良い味出しまくり、の果てのあのシーンであることを

一言言わずには居られませんから!!

井上田中先生のちと古めな劇画タッチもあり最初は賛否両論だったのに、このあたりの人間模様の描き方で一気に人気が爆発した…と思った所での廃刊。

ま、私達ファンの気持ちはもう、、お分かり頂けますね。あぁよかったよ再開してくれて!

登場人物がそもそもすごーく多い作品で一人一人がラテンのクセ強とノーブルの戦いが関係ないところで繰り広げられてたりするけど、映画ではバッサリなのもまぁ、仕方なし!

そもそも杉木と鈴木のそれぞれのパパの競技人生のお話からスタートですから!!←ここはちらっとで良いからイケオジダンサーを誰かベテランミュ俳優さん2人にやってもらいたかったマジで勿体ない💓

しかし、アキちゃん房ちゃんの2人の女性の描き方は実は漫画より映画のほうが深かった。
土居さん朝ドラとは180度違うアグレッシブを上手く細やかに演じてくれてるよね!

そして房ちゃん、特殊漫画ならでは?なのか、漫画ではチョイと設定が違うのよね。
でも、それも映画のほうが、あの◯◯シーンが際立つ。←あ、ダメネタバレダメ

町田啓太が(自身のダンサーを一度諦めている人生とリンクする)杉木の挫折を超えていくアノ感じを瞳の動きだけで見事に表現するのが素晴らしい。

あの「帝王のホールド」をされたくてニワカに社交ダンスを始めた日本人女子のなんと多かったことか!(チコちゃん風)の右手を最高に表現してた〜💓

竹内涼真(裸要員)の仕事はさらに凄すぎ🎵💓なんじゃあの細い長い手足のグルーヴは!

漫画じゃ最初のラテン競技の腰ラウンドシーンは、身体に黒いビニールテープを縦横に上半身に貼りまくって教えるんだけど、絵的に笑えちゃうからさすがにそれはなかったぞ!←そこスキー民泣く

あーさらにバレごめん!いや、予告編に出てるんだから良いか😂

さすがにここから先は自粛。

観た貴女と個人的にお話させて頂けると幸せです

実は直木賞や本屋大賞などに輝く作家さんは、近年こちら側の出身の方々が多く、名前を2つ持っていたり、ちょっとカタカナにしたりして一般小説に進出、と言うかそっちが最終目的だもんね。

映画原作だと「流浪の月」の凪良ゆうさん、とか一穂ミチさんとか、榎田尤利(ユウリ)さんとか、御大の中島梓先生から45年、ずいぶん遠くに来たもんだよ!!

ほぼこの業界の浮き沈みを作品で観てきた私達化石世代が生きているうちに、世界が日本のこのジャンルを同時に観ることになるとは
そしてそれが10DANCEだとは!!

まだコミケも無く池袋の雑居ビルでの販売会に出す薄い本の原作書いてくれと(地方の同志の絵描きさんに)頼まれて書いてた高校生の私に教えてあげたいよ!

本当に日本らしい、短歌みたいに縛りお約束がある中で人の想いを細やかに描き出すファンタジー。

それがこのジャンルの醍醐味。

最近の安易な深夜ドラマものなんかとは一線を画す、大河ドラマのような10DANCE

続きを待つ

玉三郎が初めて飛んだ!!←火の鳥 


 そう、八月大歌舞伎です💓 

 幸運にも前から3列目の大幸運!!全身に玉様浴びる浴びる! 

 頭上を越えて行く玉様に、心の底からありがたく手を合わせたくなるほど感動したよ!!


 完全なる新劇、コレやれるのは8月だけチラシ見れば一目瞭然!幹部が玉様お一人ですから←やりたい放題 


 国宝人気もあるのか、フレッシュな現代のコンビ売り「染五郎&團子」の人気も加わり、お切符は即日完売ですよ!8月なのに! 

 松竹もさらにまた玉様に頭が上がらないよね。

 原作は手塚さんのでは無くて、原純さんのものに玉様がかなり加わり作ったそうで。


 今の人間に必要なもののすべて真っ当な、変わらぬ正義とは何か単純で、ド直球な、1番大事なことをテーマにしている。 

 コレ、笑う人も置いてきぼりにされる人も居るよね。

実際、初日には観客が宇宙猫になっちゃったと揶揄する人もいたけれど


 でも本当にいま玉様が、この地球で戦いに汚れきった人間達に届けたい、言い残したいメッセージなんだと私は泣けたよ!!玉様にしか出来ない、美しい崇高な演劇を観た気持ちです。


 もう赤い優雅な衣装でゆったりと羽ばたき、静かに言葉も極限に絞って、天上から響くみたいに発声してた。 


 玉様が身の内に入れて来た数々の舞台、美術絵画、世界の映画、ベジャールのバレイ、文楽の人ならざる感、一つ一つが私達も観てきたものでもある。 


 全てが美しく懐かしかった。


 8月だから大道具さんもお休み?かもだし、プロジェクトマッピングを多用してたりはあれど、外部の美術家さんを起用した新たな舞台は幻想の世界を表現するにはむしろ素晴らしくて良し! 


 玉様、古典の継承もあるけど、個人的にはもうこっちに振って行きたいんだろうな。

 もう愛がグローバルに宇宙にひろがっとる! 


 愛とともに無限の宇宙へと玉三郎は消えてきました。


 あ、幸四郎さんは「王様と私」みたいにベッドで死にかけつつ柄にもなく弱々しく大人しい大王様?!で、ここは夜の部の討たれに備えて昼休みかな?イイぞ!しかし、筋書パンフのインタビューでは相変わらずのド変態、こっちのほうが宇宙猫だろ!ワハハ!


映画「国宝」ようやく観たよ!遅っ!


以下、全く個人の感想&思い込み、寄せ集め情報です!

原作もパンフも未読。
映画未見の方、要注意で


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どうだったかって?
いや、映像美は圧巻だし、これでもかとぶち撒けられる激情の嵐に、まずは静かに東宝ありがとう、だよね。身内の松竹映画だったらまず描くことは出来なかったとしみじみ思う。

まぁ、松竹の話で東宝が大当たりの大興行収入ってのも面白いと言えば面白い
(もちろん本丸歌舞伎座も国宝効果で早速8月お切符売り切れの部も出ているみたいでスゴいな!)

いつも見ている南座、(よく歌舞伎役者のブログに登場する)あの屋上、ロビー、国立劇場の楽屋入口、永楽館の小屋そのものも。←ごっちゃになっててあー頭の中が混乱するー!

舞台装置の裏はあれこれ番組で良く見るけれど、映画の中で見る臨場感ありまくり、カメラの動きがすごすぎるよ!!

そして、肝心の物語ですが。
いや、それはもうどれもこれも、現在でもいつも普通に歌舞伎ファンは見聞きすること。

現実のほうが100倍エグいんですよ!!
その人間関係も芸も全てが歌舞伎なんですよ!!

この映画が流行って、よく歌舞伎役者が「うちにも国宝居ますが…」と書き出すこと良くあるけど、人間国宝とはあくまでもその人が演じている時だけが国宝で、味噌汁飲んでる時は、違うのね。

国宝まで上り詰めた、血のない女形俳優

と言えば。。そりゃもう◯三郎様しか居ないわな。

この人のモデルは誰?エピソードは誰の?と、聴きたい方のために浮かんだことを挙げてみますが、もうごっちゃごっちゃに混ぜて煮込んでわからない料理に仕立ててあるから、果たしてソレに意味があるのかもわかりません😂

まずは冒頭のそのスジの新年会シーン。
ここはもちろんこの興行の世界が、あっちと深ーいつよーい繋がりで出来ていることを示唆しているよね。

つか、もう繋がりとか言うことじゃなく、血もそだけど、この興行の世界、そもそも関わり深すぎる。

その姐さんを、これまたそのスジとは切っても切れない政治の世界の孫である宮澤エマが演じているのもなんかイイぞ狙ってるな!

さらに、松◯の社員として出てくる三浦貴大が「この世界、結局血なんだよっ!!」と友和百恵の次男なのに大見得切ってるのも面白いぞ狙ってるだろこれも!

ここで出てくる幼馴染み、一緒にピストルもって…の徳次クン!割と最初のほうで楽屋暖簾に送り主として後で名前が見えるのが歌舞伎ファンのミニツボ!きっとそのスジでのし上がって陰ながら支えてくれていることが暖簾で判る(これ私見逃したけど友人談)のも良い。

その後、出てなくてもほんのり想像出来るのもこの映画の良いとこだ。

原作から「それぞれの女性の生き様の部分」をごっそりカットして削ぎ落としているみたいだから、これはゆっくり読まないとね。
数年前にまさに御曹司の当時の菊之助がAudibleで朗読出してるみたいだから、聞いて見よ!

そんなに削ぎ落としてても3時間もあるんだから長いよ原作上下2巻だ。

私としては、やはり最後の病からの曽根崎心中のクライマックスにはちょい…モヤッとがある。
これだけはあり得ない、と言うことがぶち込まれてるからね。←それ絶対ムリよね

まぁ、小説ですから。
そこが、2人を描く上で必要だったんだから仕方ないか!

喜久雄の紋もん、と言うハンデは、◯様にとっては身体が弱かった子供であったのに、そこから芸を磨いたことを連想させるよね。

若き喜久雄が先斗町で芸子遊び、ってのもあるある。

今でも浅草じゃ総見でずらーりと芸者さんが来る日があるし、劇場の日常?楽屋訪問して簪に名前を入れてもらう風習とか、当たり前の世界。

吉右衛門も小学校の京都修学旅行がつまらなくて、抜け出して親の馴染みの芸者さんとお座敷遊びをしていて連れ戻されたと言う逸話もあるくらい。

映画はちょうど1960〜現在ということで、まさに今の大御所あたりを描いているのもイイ、自分が見てきた1980〜なんて懐かしすぎてハァハァしちゃう〜!

旧歌舞伎座のロビーでゴザ敷いてのリハーサルなんか、もう今はちゃんと上に稽古場あるから、忘れられていく風景だし。
信じられ無いけどロビーで数日チョコチョコっと合わせてもう本番!(細かいとこはそれぞれのお宅に伺って)が歌舞伎ですよ。
すべては舞台で、ですから😂

御曹司と部屋子or弟子が一緒に学校、ってのもちょっと、、と思うけど、これ御曹司同士ならいつものこと。

喜久雄と俊ぼんの通学シーンは、私達ファンにとっては当代團菊の2人に見えたよね。
あの同じ学校幼馴染の絆が、◯十郎を歌舞伎座へしっかり先月襲名で引き戻したのを目のあたりにしているから尚更だよ。

色々あったとは思うけど、今回わだかまりを解いたのも鬼平幸四郎?!いや、やっぱりその後ろにまずは菊さんだろうと思う。

喜久雄が直面する冷遇期の
「親が無いのは首がないも同じ」については

これは松竹と一座の関係が、雇用関係ではないことが、全ての根源なんだよね。
そもそもの成り立ちが一座芝居であって、それを松竹が纏めて興行をするようになったわけだから、当たり前と言えば当たり前。

だけど雇用関係でないことで、実際はコロナの時も、せめて大御所には見舞金くらい出してと声が上がったほど大変だったみたいだし。

一座、だから「主役の親」が幼いうちに亡くなれば、後ろ盾が無くなり、ほかの一座の脇に出してもらうしかない。←どんな名俳優の子供でも同じ

興行主と自営業の俳優一座、数々の役者の不祥事にも松竹は関係せずに済むし、江戸時代からそうだったわけだけど、これもいよいよ新時代にはそうは行かなくなってくるのかも。

今はまだまさにそれで、ずーっと脇やドサばかりやってるあの兄弟も、歌舞伎座にずいぶん出るようになってきた。そろそろ芯をとる日も近い!←もちろん襲名あってだろうけど

とは言え、先代の團十郎も当代仁左衛門も、あの兄弟をちゃんと引き上げ、育てて来たのも事実。(パパ同士の絆!)

田中泯の万菊が俊ぼんを拾ったのも、そう言うことよね。←歌舞伎は大きな家族みたいなもの

あ、老いの境地で鷺娘を踊る怪演の田中泯(ダンサーでもあるのよね)はまぁ、どう考えても◯右衛門さんしかないわな!
しかも、大好きなシュークリームを楽屋に常備、可愛い縫いぐるみに囲まれてないと落ち着かないってあーた!←喋り方までそのまんま

パンダの縫いぐるみと花が喜久雄たちの楽屋に持ち込まれるところは本当に嬉しく可笑しかった!
(◯右衛門さんも徹子の部屋にもいつも縫いぐるみと出てた記憶)

さてさて、余談はこの辺で

いよいよテーマの「血」と「才能」についてですが

それはもうどっちもそう、としか言えない。
昔から血であって血ではない。

そこらへんはまた次回に