因果応報の理。 | おまじないコブラはじめました。

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河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

居住地域の行政と某カシコ大学の共同プロジェクトに参加しており、DNA含む身体の情報を提供するかわりに定期的に詳細な健康診断を受けています。

その一環で、数ヵ月前に記述式のアンケートが送られてきました。

「経済状況や思考の傾向と健康状態の関係を探る」
というような主旨でのデータ取得を目的としたもののようでした。

初めの方は

「年収なんぼ?」
「家は持ち家?借家?」
「貯蓄はいかほど?」
「同居のジジババはいるの?」
(※もう少しソフトな口調ですし、ちゃんと“答えたくない”という選択肢もあったのですよ)

…オマエは金持ち男の人生にウマウマと乗っかろうと画策して探りを入れてくる婚活女性か!

というような錯覚を覚える質問に面白がりながら回答を進めていくと、ほどなくメンタリティに関する質問にさしかかり、その中の一問に妙に引っ掛かりを覚えてしまったのです。

それは、以下のようなもの。

【Q】
『人に親切にすると自分に返ってくると思うか』

【A】
1 そうは思わない
2 あまりそうは思わない
3 どちらとも
4 ややそう思う思う
5 おおいにそう思う

みたいな感じでしたかね。

ええと、そこ、直線で因果を結ぶものなんですか?

相手に親切にするという因の帰するところは

a 相手の助けになる(役に立つ)
b 相手の助けにならない(役に立たない)
c むしろ相手のためにならない(妨げになる)
d どうにも余計なお世話に終わる

というような結果であり『いつか誰かが自分に親切にし返してくれる』というのは、ちと飛躍が過ぎる気が…

どんな人にも分け隔てなく親切な人、分け隔てなく不親切な人、その間にいろんな人がいて、トータルとして人から親切にされることはそこそこある。

という意味ではトントンだとは思います。

ただ、そういう統計的な見解を訊かれている訳ではないのだよな、たぶん。

親切を甘受していてもそれに気付かず別の不満にばかり目をやって生きているのか、親切を受けていることを自覚して生きているのか、ということを訊かれているのだろうな。

と思うにつけ

「アア、質問ってムズカシイものなのだな」

と感じた次第です。



そして、こんな質問にこれだけグダグタ思い悩む人間は、きっと1~5のいずれかにサッと○をつけられる人間より長生きできないだろうな。

フッ。

と、自虐の笑みを浮かべました。



※念のため追記いたしますが、お互い様や助け合いの精神を否定する訳ではないのです。

ただ『親切にされるために親切にする』という本末転倒の末に、余計なお世話の押し売りに終始しないよう、自分の親切の行く末をしっかり見定めたいと思っております。

あらやだ、真面目なトーンになっちゃったよ。失礼!