「土偶見てきた~」と話しましたところ
「ああ、埴輪ね(^^)」

…これがもう、面白いぐらいにみんなこの反応なのですよ。
『はじめての土偶』の著者、こんださんも講演でおっしゃってましたが、数時間後には我が身を以て体験しました。
興味のないヒトからすりゃそんなもんだろうな~とは思いつつ、若干の淋しさを覚えた次第です(それでも、どうでもいいことを笑顔で聞いてくれるだけありがたい話だよな)。
そんなわけで、興味のないヒトとの距離を縮めたい、と思い立ち、本日はさらに土偶を記事にすることに決めました。
そこのアナタ、我慢して読んで下さいよ!
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はれでは、埴輪と土偶の違いから。
埴輪も土偶もざっくりいえば素焼きの焼き物なんですが、作られた時代や目的は大きく違います。
埴輪は、古墳時代(3.5~7世紀)に偉い人のお墓に並べるようにして立てられた、いわば副葬品のようなものです。
人形や馬のほか家などモチーフはさまざまですが、埋葬された人の生前の偉業を示すとか、お墓を守る結界を作るために並べるとか、とにかく、お墓の主の死後のためのもの、という性格のものらしいです。
中国の兵馬俑みたいな感じですかね。
それに対して、土偶は、縄文時代(紀元前12000年頃~950年頃)に作られております。
ほぼほぼ妊娠している女性の形をしているのが大きな特徴で、その生命力にあやかって、壊した土偶を大地に撒くことで豊穣を願ったり、自分の体の不調部分と同じ場所を破断して、土偶に不調を成り代わってもらい平癒を願ったり、壊すことで妊婦さんから死産を遠ざけたりしようとしたと考えられております。
つまりは、そのほとんどが、生きている人間のために壊されることを前提に作られた、ちょっと哀しい存在とも言えます。

そんな哀愁を漂わせつつも、生命力に溢れる生き生きとした造形が、とても魅力的な彼女たち。

縄文人のオシャレ感覚の垣間見える、ガラガラの装飾も見どころです。

お顔もいろいろ。正直ブキミな人が多いですが、そこも味です。フリーダ・カーロのような一本眉の表現が多く見受けられるので
「縄文人って顔が濃かったんやろうな~」と想像したりします。

画像を貼ったものはごく一部で、まだまだいろんな姿をした子たちがたくさんいます。本やら資料館やらで、お気に入りの一体を探してみてはいかがでしょうか。
最後に、ちょっと脱線します。
時代も素材も表現もずいぶん違うのですが、ニキ・ド・サンファルのナナシリーズも、多分に土偶的だな~と、最近思うのです。

ニキの友人クラリスの妊娠した姿をモチーフに製作が始まり、女性の生命力、豊かさを表現したこのシリーズ、ニキが精神の自由を取り戻すきっかけとなったところにも、なんとなく土偶のような依りしろ的な性質を感じるのです。
そして、オシャレ縄文人なら、今と同じ顔料があれば、こんな風に鮮やかな彩色を施したのかもしれないな、とも思ったりします。
…クリムトを琳派になぞらえるぐらい強引だということは自覚しておりますがね(  ̄▽ ̄)