“絶対音感”ブランドの幻想と現実 | おまじないコブラはじめました。

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河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

有名作曲家の影武者事件をどうにかして取り上げてみたかったのですが、なんだか愉しくならなかったので、周辺的事象を取り上げてみたいと思います。



件の(今となっては自称)作曲家は、かつて、調子に乗ってなんか色々語っておられましたが、その中に

「絶対音感」なるキーワードが出てきます。

どんな音でも何の音階かわかるという、アレです。

職業柄、音楽家の方にはコレをお持ちの方は多いと、世間ではもっぱらの噂です。



「耳が不自由でも絶対音感があるから作曲できる」と彼は言いました。それ自体は、話としてありかなしかと言えばありだと思います。

ただ、なんとなく、オイラは、この話に音楽の才能アリアピールの小道具的な印象を受けました(あくまでも個人の感想です)。

でも、絶対音感が音楽家の絶対的なステータスとは思ってないのですよ。



なぜかというのを、絶対音感の人が経験していると思われるシチュエーションから記述したいと思います。


例えば、ある静かなオシャレカフェなんぞに、ある絶対音感さんがいたとしましょう。

カフェ内には、オシャレな音楽などが流れていますが、この方の頭の中には、延々オシャレ音楽の音階が流れています。たぶん。この辺はまだ序の口です。

そのうち、頃合いを見計らってお店のスタッフさんがオーダーを聞きにやってきます

オシャレなカフェですので、ドタドタと騒がしく走り回られたりなどはありますまいが、それでも靴音ぐらいはします。

コツ、コツ、コツ…

この「コツ」の一つ一つにも、絶対音感さんの頭の中ではご丁寧に音階がついてきます。

仮にこの音の音階がF#なら、ずっとF#F#F#…あ、今の一歩はちょっと高かったな、でもG程じゃないしな…と絶対音感さんの頭の中は少し忙しそうな様子です。

やっとスタッフさんが目の前に来てこれが止んだと思ったら、今度は

「ご注文はお決まりですか」と尋ねられますが、これにも音階がついて聞こえるわけです(難しそうなので記号表記はしませんが)。

人間の脳には、入ってきた情報をある程度取捨選択する機能がついており、不要なものをサクッと無視することができますが、意識的に音階のボリュームを絞らないと、音階に気を取られて相手の話している内容が聞き取れない、なんてことにもなりうる訳です。

実際、ある絶対音感さんは

「みんなみたいに、音楽聴きながら本読んだりできないんだ~」

と言ってました。なかなか難儀なものです。



我々にもイメージできる疑似体験としては、誰かがなにかをやらかして

「あー!!」と絶叫するのを耳にしたとき、頭の中に『あー!!』という文字が浮かぶようなものです。

そうやって、あちこちで好き勝手に発せられる他人のしゃべりや物音が、もれなく文字としてそこら中に浮かんだら、そりゃ視界が狭くて気が散るでしょうね。

そして、人のしゃべりが文字としてずっと見えているからといって、自分がとても文章が上手いというようなことにはなりません。



同じように、絶対的な音感を持っていることと、魅力的なメロディーを生み出すとか、素晴らしい演奏をすることは必ずしも直結していないのです。

自分のイメージした音楽を人に的確に伝えたり、サッと記録したりするには、あった方が便利とは思いますが、その程度です。



もしも、寄せては返す波音に感銘を受け、そのような音楽を作りたいと思っても、絶対音感で得られる音階の並びをただなぞるだけでは音楽にはならないでしょう。

音楽として成り立たせる、そして、その中で実際の波音以上の波音らしさを作り込む。その際には、自分の受けた感銘を見失わない。

そちらの方がずっと大切です。曲など作ったことはないですが、たぶん。






…平素から、音楽家の絶対音感のフィーチャーのされ方に胡散臭さを感じていたことと、その胡散臭さを体現する存在の登場をきっかけに書き始めたのですが、着地点を見失ってしまいました。

長い文章にオチなし。

お付き合いいただいた方には誠に申し訳ありませんが、本日はこれにて逃亡致します。