会いに行ける読者様に、ジェッターマルスのくだりが分かりにくかったとのご意見を頂き、自分の書いたものを解説しようという、今回はとても恥ずかしい(*''*)企画です。
あの話は、オイラが妄想の中で勤務している会社での出来事です。
完成間近の人型ロボットの仕様についてモメるという体裁で、空想科学の物語に時代が追いついたとき、どんなことが起こるのかを描いてみようという試みでした。
そんなわけで、オリジナルの設定と当時(またはその前段となる鉄腕アトムの制作された時代)の背景について補足したいと思います。
『ジェッターマルス』は、1977年に放映されたアニメーションで、鉄腕アトムの続編という位置付けになってます。
2015年に誕生したマルスが、様々な出来事を通して、本当の強さとは何かを学んでいく姿を、よりヒューマンドラマ的に描いた作品になっているようです。細かい内容は忘れちゃいましたが…
原作の設定では、科学省(今の文科省ですな)で開発されていますが、現代的には産官学連携事業です風でも良いかな、ということでオイラの会社で造ることにしました。
で、開発現場でも問題にしていた動力の話です。
アトムやマルスのアニメが制作されたのは、1960~70年代。
科学技術の発達が世界に幸せをもたらすと、今よりも単純に信じられていた頃であり、原子力は衛星や宇宙探査船にも使われていた、メジャーかつ最先端のエネルギー源でした。
夢のヒューマノイドに搭載しよう、というのはごく自然な流れだったと思います。
そして、ここからは今までの内容以上にオイラの憶測ですが、
『原子力それ自体は悪ではなく、使い方次第なのだ』という思いも多少はあったのでは、と思います。
物語のメインテーマである『本当の強さとは何か』にも重ならなくもないな、と考えています。
そして、時は流れて21世紀。
アトムの生まれた2003年頃は、CO2削減のため原子力政策の推進なども叫ばれており、あまり違和感はなかったのですが、福島での原発事故を経た現在、小さな原子炉を胸に秘めた人型ロボットは望まれない存在となってしまったのではないか、と思いました。
今の時代にマッチしたヒューマノイドがあるのなら、それは、例えるなら、現代的なエネルギー源を搭載したエコカーみたいになるのかしら?
でも、マルスには、どちらかといえば、モーターショーで華々しく輝くスペシャリティコンセプトモデルのようでいて欲しいし…
という葛藤を再現したのが、あの会議でのやりとりです。
全く話は逸れますが、60~70年代の音楽や映像の持っている近未来感の輝きはスゴいな~といつも思っています。
あの頃生まれた未来への憧れが、今の世界を造る糧になったことは間違いないです(良くも悪くもね)。
翻って現在、オイラを含む社会が、次の世界に繋がる希望をプレゼン出来ているかな~なんて考えると、猛反省するしかない次第です。
今となっては、科学の輝きにのみ頼るのはもうちょっと無理がありそうです。
さて、どんなビジョンを提示していこうか。
社会の隅っこの住人なりに、日々考えています。
なんていうオイラは、今、あの頃は思いもつかなかったスマホなる夢の道具でこんな戯言を綴っておりますがね。
アトムなんて、お茶の水博士と黒電話で連絡取ってたのにね…