『「どこまでも飛んで行けるロケットに無限に近い長さのロープを結び付けて宇宙を自由に飛び回った後、ふたたび地球上に戻ってくる。このときロープの両端は手元にある。この状態から、片方を引っ張り、どこにも引っ掛からずにロープをすべて手繰り寄せて地球上に戻すことができれば、宇宙は概ね丸いと言える。」ってことを証明しようとすると、なんで人間性が荒廃するのかな…』
昔会社で使っていた勉強会のノートに、こんなことが書いてありました。たぶん、このとき現場では、意見の衝突という体のメンツのぶつかり合いかなんかがあって退屈していたんだと思われます。
これ(ノートの落書きの「」部分)が、現在、唯一解決済みのミレニアム懸賞問題、ポアンカレ予想です。何年か前にNHK スペシャルで取り上げられていたので「聞いたことあるなぁ」という方も少なくないのかな。
ぼんやり聞いていると「ああ、うん、そうかもね」なこの問題、落書きにもあるように、証明に挑んだ学者さんたちは次々と精神状態が荒廃し、嫁はんに「あなたもうやめて!!」と泣いてすがられ我に返り証明を断念した人などかいる一方で、証明に成功したロシアの学者さんは、明るく社交的だった性格から人嫌いに変わり果て、1億円以上の懸賞金の受け取りも拒否して、引きこもり生活を送られているそうです。
なんだか、埋蔵金伝説に傾倒して、大金を投じてあちこち掘り返したためにスッテンテンになるのにも似ているなぁ、と思わなくもないのですが、それでは理数系の人の心には響かないと思われるので、別の比喩を考えてみました。
ブラックホールがどうなっているのか自分目で確かめるために、ロケットで旅立つ、なんてどうでしょうか?
仮にそこへ到達できたとしても、元素どころか電子や陽子(ヨーコちゃうで)の形さえ保てない、のさらに先、光さえ脱出できない重力の特異点の向こう側に仮に辿り着けたとしても、人の姿や思考を保ったままではいられまいなあ。
いつか、人生が本当にイヤになったら、オイラもポアンカレ予想の追証明に取り組んでみようと思っています。
それは、知的探求心というよりは、地獄行きの片道切符を胸ポケットに忍ばせていることが、毎日を少し楽しいものにしてくれるように感じるからだと思います。
きっと、いざ、その切符を使おうとしても、身長制限のあるアトラクションに小さなお子さまが乗れないように、オイラも改札の向こうには行けないのでしょうけどね。