ある日。
仕事中の筈の彼から連絡があった。
彼の家には電話が無かった。
お互いの連絡手段が無いので、最初に暮らし始めた時に、彼の名義で携帯を借りて、私に持たせてくれていた。
その携帯に、連絡が入ったのだ。
とにかく近くの喫茶店に急いで来いと。
仕事も休めと。
どうやら、私の両親が急に訪ねて来たらしい。
両親…というより、母が絡むと、ろくなことがない。
何事か、と構えて行くと…
そこに居たのは、なんと、娘だった。
両親が娘を連れて来たのだ。
前回、学校で逢ってから、1ヶ月ほど過ぎていただろうか。
私達は、お互いの姿を認めた瞬間、何も言わずに抱き合っていた。
泣きながら。
そこには、かつて私がパートで働いていた時の上司と、彼もいた。
上司は、再会した時の私達の様子を見て
『戻ってあげらたら良いのに。』
的なことを言った。
まぁ…
事情を知らない人は、そう思うのだろう。
【そんな、抱き合って泣くほど辛いなら、多少のことは我慢しても、戻れば良いのに】と。
たとえ、元ダンが酷い人だったという説明をしても 、私が【子どもを捨てて男の元へ逃げた酷い女】という認識は変わらぬであろう。
バイト先には事情を説明し、数日休ませて貰うことにした。
例の、嫌味な店長には、嫌味な文句は言われたが、ちょうど平日だったので、なんとか休むことが出来た。
久々の、思いがけぬ娘との再会。
私達は、2泊3日で実家で一緒に過ごすことにした。
ただ。
一つ問題があった。
なんと両親は、娘を、元ダン側に内緒で連れて来てしまったのだ。
夜になって、母が元ダンへ連絡。
当然元ダンは激怒した。
その怒りは、あろうことか娘にも向けられた。
その、あまりの剣幕に、娘は怯えてしまった。
『あたし、ママと暮らすっ!!』
泣きながらそう訴える娘を抱きしめ、とりあえず落ち着かせる。
『でも、ママと暮らすってことは、あのオジサン(リブ男)と一 緒に暮らすことになるんだよ。』
『それでいいっ!!』
娘は以前、彼に会っていた。
まだ私が家を出る前、パート仲間と食事会をしたことがあった。
その時娘も一緒だったのだ。
そういえば。
娘が一緒だったとはいえ、夜、単独で外出するのは初めてのことだった。
その時、彼が娘にジュースをくれたのだ。
少しだが、会話もした。
そして、あの喫茶店でも会った。
『あんな恐そうな人なのに?』
『恐くないもん。格好良かったもん。』
『えっ!?格好良かった!?ど、ど、どこが!?』
『髪の毛が無いところが…。ちょっとだけ。1㍉だけ。』
…。
…。
…。
彼の髪の毛は、ややハゲ散らかっていた。
子どもの発想とは、不思議なもんである(苦笑;)。
娘にしてみれば、なんとか私と暮らしたいと思ったのだろう。
この場合、私と暮らしたいというより、恐い父親から逃れたかった、と言った方が正しいか。
そりゃ私だって、娘と暮らせるもんなら…と思った。
ある意味アクシデントだったとはいえ、無理矢理連れて来る訳でなく、娘の強い希望だった。
こんなに良いチャンスはなかった。
今なら、その願いが叶えられるかもしれない。
でも…。
リブ男は、チンピラみたいな人。
しかも、彼女は居るは、生活は荒れているは、とても娘を引き取って一緒に暮らせる状態じゃなかった。
彼は、子どもを呼び寄せろと言ったが、一緒に暮らすのはヤバイと思った。
健全な生活とは程遠い生活になるのは、想像に難くない。
それに…。
リブ男の元で、娘を育てるのは、別の意味の不安が大きかった。
私の抱いた、あんな思いだけは、娘にさせたくなかった。
そう、【あんな思い】。
私が、実の父親によって受けた、ココロのキズ。
同じことを、いや、それ以上のことを、リブ男なら平気でやりかねなかった。
それならば。
私が実家に戻って一緒に暮らせば良い…とも思えなかった。
最初は良いだろう
私が戻るのは母の希望でもあり、ましてや、娘も一緒に戻るなら、母にしてみれば万々歳だったろうから。
しかし。
それが1ヶ月経ち、半年経ち、となると、必ず揉める筈である。
母はああいう性格。
自分の思ったことを、自分の思った通りにしないと気が済まない。
私は私で、離れて暮らしている間に、生活に自分のペースというものが出来ていた。
今さら、全て母好みに変えるなんて出来ない。
何より、私と母は、【気】が合わなかった。
それは今回のことで、身にしみていた。
確かに私は、娘を置いて男の元へ逃げた。
それは紛れもない事実。
何を言われても仕方ない。
しかし…だ。
私はそうするしかなかった。
他のどの手段も、その時の私には出来なかった。
娘を連れて戻っても、母に潰されるのは目に見えていた。
今回も、ズタボロのココロを、立ち上がる気力も無くなる程にトドメを刺したのは、他ならぬ母だった。
母の元に戻るくらいなら、死んだ方がマシだった。