1月に70歳を迎えてから、生きることよりも死ぬことについて考えるようになりました。
2月には毎年味噌を10キロ以上仕込むのだけれど、今年は何故かやる気が起こらず先延ばしにして、なんとかかんとか5キロ仕込んだけれど、その時来年はもうやりたくないなという考えが浮かんできたのです。

そして生命というのはこのようにして死んでいくのだと気づきました。
はっきり見えていた文字がかすんで見えなくなる。
聞こえていた音が小さく聞こえにくくなる。
走れていたのに走れなくなる。
歩いていたのに歩けなくなる。
歯でしっかり噛めていたのに噛めなくなる。
呼吸できていたのに呼吸できなくなる。
というように少しずつ身体の機能が死んでいくのです。
もちろん先ほどまで元気で走りまわっていた生命が突然消え去るということもありますが、それは人為的な稀なことであり、多くの生命は少しずつ死んでいきます。

死という字を分解すると、一+タ+ヒとなります。カタカムナではこのように分解することを破字と言います。
破字にしたものをカタカムナで読み解くと、
一(Iは、根源から出る・入る)
タ(言霊では、分かれる 数霊26)
ヒ(言霊では、根源から出る・入る  数霊I)
言霊で読み解くと、
「根源から出て分かれたものが再び根源へと入る」となり、
数霊は、1+26+1=28
28は神と同じ数霊なので、「死」とは「根源から生まれ出て個別のものとして分離した生命が、衰えていって再び根源に戻って神となる(根源である神のところへ戻っていく)」と読み解けます。
だから死ぬことを「神のみもとへ召される」と言うのですね。

これからは、少しずつ死んでいく生命を見つめて受け入れながら、毎瞬毎瞬を大切にして自分ができることをやって、生命の根源へ戻っていくことを楽しみたいと思いました。

死という暗いテーマにもかかわらず、最後まで読んで下さった方々に感謝します。❤️