- 坂田 靖子
- 村野―坂田靖子傑作集
去年記事にしそびれた坂田靖子お正月マンガその2です。
これも時代設定は昔で、そしてやっぱり明示はされてません(最後まで読むと、いつのことだか判りますが)。
とある大きな家に集まっている青年達。学生達が、友達の家に年始に来てるんですね。ここんちの息子・尾沢正一君は見るからに、ちょっとおとなしそうな・気弱そうな・真面目そうなタイプですが、友人連は元気でがさつそうなのが揃ってます。尾沢家の新年会はスキヤキが恒例で、それで皆ここに来たがるらしい(笑)。酒も、最初っからお猪口ではなく茶碗でぐいぐいやりたがるような連中です。ネギが先だいや肉だと、宴会が始まる早々盛り上がる中、1人遅れていた村野という青年が登場。
「諸君! 迎春・賀正、謹賀新年!」
これが彼の第一声。トンビ(男性用の昔のコート)も脱がず襟巻きもしたまま、何やら大荷物を下げて座敷に上がり込む。年始に寄った親戚の家で殺したての牛肉を分けて貰ったから、というんですが、彼が持ってきたのはそれだけじゃない。ふところから牛の骨を取り出して尾沢夫人に悲鳴を上げさせてしまったり、正一に春本を見せたり、正一の妹に捨て猫を押し付けようとしたり……そのたびに正一は振り回されて、新年早々へとへとになっています。
この作品、同名の短編集に入ってるんですが、これも含めて殆どが雑誌「JUNE」掲載のもの。といっても今でいうところの「ボーイズラブ」に該当するような作品は1つもなくて、ギャグだったりナンセンスだったりの坂田靖子ワールドが普通に展開されています。ただ、登場するのが男性同士のカップルだというだけ。
この「村野」は更に普通で、群れ集っている青年達は単に学校友達というだけのこと。内気な正一が村野の破天荒さに対してどこか羨望の眼差しを向けている様子が、かろうじて「JUNE」っぽいといえばいえますが……でもこれも、そう読もうと思えばできないこともない・かもしれない、という程度ですね。
去年も今年も、新年会の様子は毎年同じ。でも、そこに集まる顔ぶれは、毎年確実に年をとっていく。遅れてやってきたと思ったら、真っ先に帰ろうとする村野は、「俺、兵隊になるよ」と正一に告げます。
「俺は日本とロシアが戦争始めた時から考えてたんだ。地図で見たってあんなデカイ国と戦争なって勝てるわきゃないだろ。いっそ俺が行って早いとこ負けさせてくるよ」……スキヤキの鍋に砂糖を山ほどぶち込んでしまったり、友人どもを大福30個食いに挑戦させたりするような奴が、平然としてそんなことを言い出す。正一はただ、バカヤロー冗談で生きてやがって、と叫ぶしかなすすべがない。
「謹賀新年」が新しい年を迎えるワクワク感なら、こちらには時の移ろいの寂しさがありますね。とはいうものの、やっぱり同時に、年の改まった華やぎの空気も確実にある。
巻末の作者による「あとがきと怪説(←注:原文のままです!)」は、この作品についてはたったひとこと。
「お正月すきです!」