ついにこの回が来てしまいました。
昔、小一郎が藤吉郎とともに織田家に仕え始めたばかりの頃、将来の立身出世を夢見る藤吉郎はこんなことを語っていたものでした。
家族みんなに腹いっぱい飯を食わせてやりたい、そしてその次には村のみんなにも。そうして感謝されたいんだ、と。
彼のこの具体的・限定的な「出世すれば出来ること・したいこと」は、やがて本当に身分と立場が上がっていくにつれて、為政者として何をするかという大きな、そしてある意味あいまいな話になっていきます。
信長の目標だった「天下一統」を引き継いだ秀吉は、「天下一統を成し遂げて皆が笑って暮らせる世を作る」と言うようになりました。ここでの「皆」は天下万民のこと。天下一統と「笑って暮らせる世」がつながっているのは、それが「戦乱の時代を終わらせる」ということだからです。
では具体的にどうすればそれができるのか。差し当たっては、全ての武将たちに豊臣政権を認めさせるということであり、まず何よりも徳川家康を……となる訳なのですが。
家康を臣従させるためならば、豊臣家はどんな犠牲も払わなければならない。
その昔、藤吉郎が夢見る「皆の幸せ」はまず家族から始まっていました。しかし今、矢印は逆です。「皆の幸せ」につなげるために、豊臣家の人々は自我を殺し我慢をしなければなりません。そういう立場になってしまいました。
あさひと甚兵衛にとっては理不尽ではあるでしょう。しかし兄弟の出世に伴い、彼ら夫婦もまた出世をして裕福に暮らせるようになった身の上であるのです。天下人の身内として、果たすべき責任を負っている。
婚礼当日の徳川方の反応を見るに、どうせできまいと踏んで無理難題を吹っかけてきていた節がありますね。視聴者の感想ツイートで「秀長の娘もいたのにあさひを離婚までさせるのは無理がある」という声を見かけたのですが、家康が庶子とはいえ於義伊という息子を差し出している時に、まだ少女である秀吉の姪、というのは釣り合いとしてはたして妥当でしょうか。急ごしらえの養女でも同じことです。年齢からいっても、家康という大大名の正室としておかしくないのは、関白の実の妹であるあさひしかいませんでした。
豊臣家の腹のくくり方を、家康としては見誤っていたということになるのでしょう(これもまた石川数正出奔が影響していたかもしれません)。しかし真意はどうあれ、こちらから言い出したことであった以上、まさか今さら覆せない。家康は秀吉の義弟ということになりました。
徳川家の正室として丁重に遇されながらも、あさひのその後の人生は短いものであったということが、ドラマ本編の後の紀行コーナーで語られていました。兄の急激な出世によって運命を翻弄された薄幸の晩年だったとだけつい思ってしまいそうになりますが、あさひが豊臣家の衰退を見ずにすんだということは、或いはひとつの幸いだったのだろうかとも考えます。