茶々、のちの淀の方。
大河ドラマだけに限ってみても、これまで何回登場してきたか。それぞれの物語によって、彼女も、秀吉も、様々なキャラクター設定がありました。
でも必ず、このことだけはどの作品でも共通していたと思うのです。
2人の結びつきは、ひとりの男である秀吉がひとりの女である茶々に働きかけたところから始まった、と。
それを恋情と呼ぶにしろ執着と呼ぶにしろ、あくまでも個人の色恋沙汰でした。2人の間に限っては。ただ、子供が生まれてしまったばっかりに……。
というのでは全くない描き方、想像してもいませんでした!
今作の秀吉にとって、茶々が「女」になり得ないというのは思えば最初から示されていたんですよね。茶々がまだ赤ん坊の時に、若き藤吉郎は彼女を抱きかかえてあやしているのです。あれから20年ばかりが経ちましたが、秀吉から見た茶々は今でもあの時の赤ん坊なのでしょう。か弱い、無垢な、庇護されるべきものとして、自分がそっと抱きかかえていた小さな命。
茶々を欲したのは、個人としての秀吉ではなく、「豊臣家」でした。望まれたのは、個人としての茶々ではなく、織田と浅井という彼女の血筋でした。
それを思いついたのが秀長だったというのは、よくよく考えてみれば納得がいきます。彼が良くも悪くも非常に合理的に物を考える人間だというのは、この物語の序盤からずっと繰り返し描かれてきているんですよね。基本的に心の温かい人物であるのは確かなんです。ただ、「重要な決断を迫られた局面において人は誰でも合理的にのみ振る舞う筈だ」というようにものを考えてしまうきらいがどうしてもある。水攻めや兵糧攻めを躊躇なく行えるのもそういうところですよね。不利を悟った敵将はすぐ降伏してくる筈だと、彼の思考回路ではそうなるんです。
秀吉は関白となって位人臣を極めましたが、豊臣家の行く末は決して安泰ではありません。養子の秀勝は病弱で余命いくばくもない。甥の秀次はどうも天下人の後継者たる器ではない。
だったらむしろ、今からでも実子をもうけるべきではないのか。それが茶々との子であれば、天下一統のアピールとしても最適ではないか。
非常に理にかなってはいるのです。当事者たちの心情というものを抜きにして考えるならばの話ですが。
しかしまた秀長自身の結婚が「主命で娶れと言われた相手を妻にして結果的に今は円満」である訳で、「結婚なんてそんなもん添ってしまえば大体うまくいく」というかなり雑な感覚なんですよね。いや、これは秀長個人の感覚というより時代的なものでしょうか(そもそも秀吉もそういう感じで茶々に縁談をすすめようとしていたんでした)。
当事者の心情抜きで合理的にのみ考えるならば、事態の打開策として非常に有効であると思われる結婚。
次回は、もうひとつのそういう事例の話です。
今回の流れからいって、これも最初の発案は秀長だったということになるんじゃないだろうか。そんな気がしてきています。