手当たり次第の読書日記

手当たり次第の読書日記

新旧は全くお構いなく、読んだ本・好きな本について書いていきます。ジャンルはミステリに相当偏りつつ、児童文学やマンガ、司馬遼太郎なども混ざるでしょう。
新選組と北海道日本ハムファイターズとコンサドーレ札幌のファンブログでは断じてありません(笑)。

茶々、のちの淀の方。

大河ドラマだけに限ってみても、これまで何回登場してきたか。それぞれの物語によって、彼女も、秀吉も、様々なキャラクター設定がありました。

でも必ず、このことだけはどの作品でも共通していたと思うのです。

2人の結びつきは、ひとりの男である秀吉がひとりの女である茶々に働きかけたところから始まった、と。

それを恋情と呼ぶにしろ執着と呼ぶにしろ、あくまでも個人の色恋沙汰でした。2人の間に限っては。ただ、子供が生まれてしまったばっかりに……。

というのでは全くない描き方、想像してもいませんでした!

今作の秀吉にとって、茶々が「女」になり得ないというのは思えば最初から示されていたんですよね。茶々がまだ赤ん坊の時に、若き藤吉郎は彼女を抱きかかえてあやしているのです。あれから20年ばかりが経ちましたが、秀吉から見た茶々は今でもあの時の赤ん坊なのでしょう。か弱い、無垢な、庇護されるべきものとして、自分がそっと抱きかかえていた小さな命。

茶々を欲したのは、個人としての秀吉ではなく、「豊臣家」でした。望まれたのは、個人としての茶々ではなく、織田と浅井という彼女の血筋でした。

それを思いついたのが秀長だったというのは、よくよく考えてみれば納得がいきます。彼が良くも悪くも非常に合理的に物を考える人間だというのは、この物語の序盤からずっと繰り返し描かれてきているんですよね。基本的に心の温かい人物であるのは確かなんです。ただ、「重要な決断を迫られた局面において人は誰でも合理的にのみ振る舞う筈だ」というようにものを考えてしまうきらいがどうしてもある。水攻めや兵糧攻めを躊躇なく行えるのもそういうところですよね。不利を悟った敵将はすぐ降伏してくる筈だと、彼の思考回路ではそうなるんです。

秀吉は関白となって位人臣を極めましたが、豊臣家の行く末は決して安泰ではありません。養子の秀勝は病弱で余命いくばくもない。甥の秀次はどうも天下人の後継者たる器ではない。

だったらむしろ、今からでも実子をもうけるべきではないのか。それが茶々との子であれば、天下一統のアピールとしても最適ではないか。

非常に理にかなってはいるのです。当事者たちの心情というものを抜きにして考えるならばの話ですが。

しかしまた秀長自身の結婚が「主命で娶れと言われた相手を妻にして結果的に今は円満」である訳で、「結婚なんてそんなもん添ってしまえば大体うまくいく」というかなり雑な感覚なんですよね。いや、これは秀長個人の感覚というより時代的なものでしょうか(そもそも秀吉もそういう感じで茶々に縁談をすすめようとしていたんでした)。

当事者の心情抜きで合理的にのみ考えるならば、事態の打開策として非常に有効であると思われる結婚。

次回は、もうひとつのそういう事例の話です。

今回の流れからいって、これも最初の発案は秀長だったということになるんじゃないだろうか。そんな気がしてきています。

プロジェクトX!(笑)

ヒット商品を作って町の賑わいにつなげよう、地元を活性化させよう、既得権益に切り込もうという取り組みです。挑むは来たばかりの新しい国主と、自らの腕一本を頼みに独立起業した職人。どうしたってこれは田口トモロヲのナレーションと中島みゆきの歌声が聞こえてきますよ、ええ。

千宗易、今回もいい味出してましたねー。そして百姓あがりの武士である秀長にとって全くピンときていなかった商人の世界というものを、ちょっと判らせてくれました。「為政者/主君の命令に従う」というの、秀長にとっては嫌とか嫌じゃないとか考えてみるまでもない当然のことだったんですよね。でも世の中の人間の全てがその理屈で動いている訳ではない。相手がその気になるように仕向けなければならない。いったんそのことに気づけてしまえば、戦の準備や駆け引きと同じようなものです。秀長にはむしろ得意分野でした。

ところでここ何週間かの感想ツイートを眺めていて、「出世するにつれ秀長がナチュラルに上から物を言うようになっているのが気になる」というような声が複数あるのが目にとまりました。いや、それはそうなるでしょう。むしろそうでなかったらおかしい。だって、もう大名なんですよ。

現代人、良くも悪くも「身分の上下のある社会」というものに、フィクション作品でさえ縁遠くなっているのだなあと感じます。

昔、韓国の時代劇ドラマ「イ・サン」を日本語吹き替えで観ました。低い身分から国王の側室に抜擢されたヒロイン、親しい同僚だった人を侍女として従える立場になるんですけれども、そこできっちりと言葉遣いが変わる訳です。タメ口だった同士が、片方は仰ぎ見て、もう片方は見下ろすという関係になる。これはいい悪いではなくて、そうならなかったら駄目なんです。

織田家に仕えた当初はまだ足軽・雑兵の立場で、庭先で平伏していた藤吉郎と小一郎。それが出世して、座敷に上がり、重臣の列につらなるようになり、屋敷を構えて家来を持つ立場になり……それにつれて言葉遣いもどんどん変わっていきました。

いつぞやの徳川家康の、敢えての選択であろう「お主ら」という呼びかけを思い出します。初めて会った時には自分の方が格上だったのだと、改めて宣言するような言葉でした。しかしこの次に彼が秀吉と相対する時は、「関白殿下」と呼んでかしこまることになるのでしょう。

それにつけても気になるのは次回予告です!

「秀吉が茶々に対して特に関心を抱いているようにはまだ見えない」と先日書きましたが……うわあそう来たか! その手があったかああ!

ブログをさぼっていた間に、長宗我部元親についても蜂須賀正勝の退場についても、いろんな人の感想がほぼ出揃ったという感じになってしまいました。なのでそれ以外のことについて、思いつくままに。

徳川家康からの人質として、息子の於義伊が羽柴家へ送られてきました。家康の素っ気なさと石川数正の不審げな眼差しから、ネット上では「偽者を送ってよこしたのでは」との声も見られましたが、『豊臣家の人々』愛読者の私としては、単純に家康がこの子に対して愛情も関心も薄かったというだけのことだろうと思っております。作中で於義伊の母親について特に言及はありませんでしたが、家康の正室でも側室でもないんですよね。たまたま手をつけた侍女がたまたま妊娠したという経緯で、家康にしてみれば「本当に自分の子なのか、めんどくさい」ぐらいの感情しか持てなかったのかもしれません。

「どうする家康」の時は家康の奥向きについて全てをとにかく円満に描き過ぎるきらいがあり、人質に出される際の於義伊も子供ながら実によくわきまえていて「私のことは捨て殺しとなさって下さい」と自分からはきはきと言う、というあまりにも家康にとって都合のいい展開だったため、今作とのギャップに戸惑う人もそれはいるだろうなあと思ったのですが、その「どうする家康」での於義伊の装束が今作でもそのまま使われているという指摘を見かけました。だとしたら、やっぱりあの子は偽者ではないですよ、きっと。

秀吉が関白になり、秀長は大和の国主となって、羽柴兄弟はこれまでのようには一緒にいなくなりました。やっといかにも主人公らしく見えるようになった秀長は難治の国である大和で奮闘している訳ですが、彼のいない大坂城で、秀吉が浅井三姉妹を見舞っている場面が印象的でした。

秀吉、まだ茶々に対して特別な関心があるようにもあんまり見えないんですよね。

あくまでも3人まとめて、お市の子であり信長の姪である、自分の庇護下にある娘たち。そういう情愛の示し方に見えるのです。今はまだ。

そして秀吉の態度が未だそうであるならば、まして茶々の方はなおさらです。幼かった分だけ大坂城での暮らしにすぐ馴染んだと見える妹たちとは違い、茶々は今でも「自分は浅井家の者である」という意識を強く持って、妹たちにもそれを忘れないよう常に厳しくしつけようとしている風です。

この茶々が、どういう経緯をたどって「淀の方」となるのでしょう。今はまだその気配もないだけに、このあとどういう運命の転換が彼女の上に起こるのか、気になってなりません。

戦国時代が舞台の大河ドラマの時に必ず読み返すのが司馬遼太郎『豊臣家の人々』です。作品によってキャラクター設定はかなり大きく違うのですが、おおもとの土台が実際の人物と実際の出来事であるからか、不思議と「真田丸」でも「どうする家康」でも、そしてこの「豊臣兄弟!」でも、ドラマのお供になる連作短編集なんですよね。

三好信吉、のちの豊臣秀次が本格的に登場してきました。

『豊臣家の人々』の第一話が「殺生関白」なのです。秀次の末路、「真田丸」では豊臣家後継者という立場の重圧に潰された悲劇の貴公子でした。「どうする家康」では具体的に何があったのかは詳しく語られていませんでしたが、彼が勝手に自滅したというよりは「秀吉のせいでそういう運命に追い込まれた」とのニュアンスだった記憶があります。そして今作なのですが。

これは。この若者は、殺生関白になってしまうのではないか?

そういうひやりとした感覚がありました。

司馬さんが書いた孫七郎ほどは、箸にも棒にもかからない大馬鹿野郎には見えないんですよ、決して。実父にも無礼な態度はとりませんし、身分のある武家の子息というようにちゃんと見えます。有名な武将の武具を集めて身につけているという分不相応さの強調もされませんでした。単に未熟で経験不足なだけであり、彼自身は決してそれほどの愚物ではないと思われたのです。戦闘が終わった時までは。

将という立場を任されていながら、「敗北は自分のせいではなく他の者が悪かったのであり、自分に反省すべきことはない」と至って普通に考えている青年。

秀吉や小一郎の言葉の端々から、彼が実子のない秀吉の跡継ぎとして見られていることは容易に判ります。本人もそれは当然承知しているでしょう。しかしその立場に伴う責任の大きさや意味までをも、理解しているとは言い難い。いやそもそも、自分がそういうものを背負っているという感覚それ自体がないのではあるまいか。根本のところで、致命的な勘違いをこの若者はしてしまっているのではないか。

周囲の人間たちの方が、トップである自分を守り支える義務と責任を負っているのだと。

ドラマを観るに際して「今後こうなっていきます」という制作側からの予告や説明はなるべく見ないようにしているのですが、先日ついうっかりと「秀次には叔父・秀長への反感がある」との設定だというのを見かけてしまいました。これはいよいよまずいです。この一門で最も冷静かつ論理的、というか唯一のそういう存在であるのが小一郎ですよね。彼がいなかったら官兵衛なども周囲の誰とも話が嚙み合わず空回りするだけになりかねません。小一郎がいてこその秀吉の今の威勢です。

という事実を納得できないワカゾーが、今や天下人になろうとしている者の後継者であるということ。

これ以上の不穏さがあるでしょうか。

徳川家康。この物語の中で、ここまではまだ只の脇役のひとりというだけの存在に過ぎませんでした。

もちろん判って観ている歴史好きや大河ドラマ好きは、時々ちらりと出てくるだけでも「あの家康の若き日の姿」と思う訳ですけれども、全ての視聴者がひとり残らずそうだという訳ではありません。白紙状態で物語に臨んでいる小学生や中学生も必ずいると思うのです。

何も知らずに観ていたとしても、家康はちょっと気になるキャラクターだったんじゃないでしょうか。織田家の重臣とか足利将軍の側近とかいう立場ではなく、したがってそれほどしょっちゅう出てくる訳でもなく、けれども出てくれば明らかに、描かれ方は何か意味ありげなんですよね。「物語の後半で重要な存在となる」という予想はきっとついたでしょう。

ついにその時が来ました。

これまで全く家康の背景というものが視聴者に示されず、信長の命による徳川家の悲劇も台詞でさらりと説明されただけだったのは、つまりこういうことだったんですね。今回、全てが一気に初めて語られました。徳川家康のこれまでの半生、不遇と不幸に耐え続けた年月が。

主人公コンビのサル兄弟とは、あまりにも対照的なのです。なるほど秀吉と小一郎は、貧農の生まれ育ちであって幼少期の生活は苦しかったでしょうし、織田家に奉公した当初は一番下の身分からで、これまた苦労の連続でした。親しい者の死も経験しています。ただ、家康が少年時代から耐えてきたような種類の「不自由さ」は、この兄弟は全く味わったことがないんですよね。常に頭を抑えつけられ続けているような、重苦しい支配。家康にとっては、信長もそういう存在でした。サル兄弟には思いも及ばない視点です。

違う、といえば生まれ育ちからくる発想のギャップもかなり深刻なんですよね。百姓あがりの小一郎はむしろ生まれついての武士よりもずっとずっとはるかに合理的思考の持ち主だというのは度々描かれてきたことですが、周囲に同じような人間がいないのなら、それは必ずしも常に強みとなるとは限らないということも、これまた繰り返し描かれてきたことでした。

彼我の力の差を正しく理解すれば、無益な戦いをしようとは思わない筈だ。単純にこう考えているふしがある小一郎なのですが、実際にはしばしば、敵方の無駄な(としか小一郎には思えない)あがきに直面して手こずらされています。しかし「なぜそうなるのか」の根本が全く判っていないので、考え直すということにはならないんですよね。

家名。体面。誇り。面目。そういったものが、時に、命よりも重くなる。屈辱に耐えるぐらいなら、誇りを守って華々しく討ち死にする方を選ぶことも普通にある。

大坂城の威容を満天下に示し、潤沢な武具の備えも敢えて隠さない。秀吉と小一郎にとってそれは新たな合戦を防ぐための当然の行動ながら、見せつけられた者が抱く「成り上がり者の下風に立たざるを得なくなった屈辱感」については、2人は全く鈍感なのです。

 

ところで今回、少年時代の家康が今川家で受けた仕打ちについて、一部視聴者の不評ツイートを複数目にしました。家康を教え導く理想の武将・今川義元が登場した「どうする家康」のあとで、また昔に戻ったこんな設定になるのか、ということだったようなのですが、むしろ「どうする家康」の方が、現代人である視聴者の感覚に良くも悪くも寄せ過ぎていたんじゃないでしょうか。戦国大名と国衆の関係の描き方として、今回のこれは別に間違っていないよという歴史研究者の方の説明ツイートもありました。

「今川家で不幸だったのなら駿府を避けていた筈だ」という旨のツイートも1つならず見かけましたけれども、いくら何でも「最後の戦国武将(これは「真田丸」)」の強さを甘く見過ぎじゃないかなあとは思ったことです。

放送後、TLを「おすすめ」にしてランダムに流れてくる色んな人の感想を眺めていたら、「お市から勝家への愛情が明確に描かれたのは珍しいのではないか」という旨のツイートが目にとまりました。

一瞬えっそうだっけと思ったのは、「利家とまつ」が印象に残っていたからだったのですが、確かによくよく思い返してみると、この作品以外の名前をすぐには思いつけません。

小説でも大河ドラマでも、古い作品になればなるほど、お市の方は「悲劇のヒロイン」「薄幸の美女」という説明だけで事足りてしまう存在という印象です。織田信長の妹であり、茶々・のちの淀君の母である。あくまでもそれだけであって、彼女自身が物語の中で存在感を放つというキャラクターではないんですね。男たちの物語の中で、美しくも儚く散っていく姿が読者・視聴者の胸に哀れを催させる佳人。良くも悪くも、それ以上でも以下でもありませんでした。

戦国時代に材を採った物語であっても女性キャラクターをしっかりと自我を持った存在として描くこと。これは近年の大河ドラマがそれぞれ試行錯誤していることだと思います。「どうする家康」は特にそれが顕著でしたが、この作品のお市には、どこか「痛々しさ」もつきまとっていました。男のように鎧を身につけて、敗軍の将として自決するのだと高らかに宣言した姿は、表面上はいかにも誇り高く堂々としてはいましたが、それは本当に思い残すことのない最期だったでしょうか。決して手に入らないものを求めて焦がれ続けた末の自滅のようにも映りました。

それに比べると今作のお市は、彼女に無理をさせることなく、しかしはっきりとその意志や自我を描くことに成功していました。得られないものを求め続ける痛々しさというようなものはもとよりなく、時勢の移り変わりから目を背け続ける悲劇性もありません。いやむしろ、彼女が一番、全てを見通していたとさえ言えるのです。秀吉の天下取りを阻止するために戦いながら、それが必然であることを誰よりも悟っていたのが彼女でした。

秀吉子飼いの若武者たちに追い詰められた時、お市の口をついて出た言葉。

「頼もしいのう。いい顔をしておる」

穏やかな笑顔でそう呟き、お市は勝家と手を取り合って天守から身を投げました。それは痛ましい敗死というよりは、むしろ、最早この世での自分の役目は終わったと確信したが故の決然とした幕引きであったとする方がふさわしくも思えます。

 

時代によって作品によって、描かれ方が大きく違うのは、茶々もそうです。昔はただもう「愚かな美女」というだけで片付けられている作品しか見かけなかった印象なのですが、遠藤周作『女』にあっと思わされてから30年余り、すっかり様変わりしました。

今作の茶々が淀君と呼ばれるようになるまでにはどのような経緯があるのでしょう。父も母もこの男のせいでなくしたと、自分を恨み憎んでいて当然の少女の前に、敢えて無防備な背中をさらしてみせた秀吉は、少なくとも今の時点ではまだ、彼女を「そういう目」では見ていないように思えるのです。

 

(ところで茶々を思いとどまらせた蝶ですが、「あの色合いはオオムラサキに見えるがオスだからお市の化身とするのはおかしい」という旨のツイートを見かけて何となく引っかかっています。たまたまそこを飛んでいてたまたま秀吉の肩にとまった蝶を見てお市のことを思うのは、あくまでも茶々の内心の動きですよね。)

前田利家が秀吉につくことを選ぶ。

この経緯はどういう風に描かれるのだろうと、ずっと考えていました。

「利家とまつ」ならある意味簡単だったのです。この作品の利家と秀吉は、最初から普通に親友同士なので。柴田勝家への思いを強く持ちながらも、秀吉に味方することを選ぶ。それは自然な成り行きでした。

しかし今作の場合は、文字通りの「犬猿の仲」とまでは行かないものの、素直に親しいとは言いにくい。秀吉が出世するにつれて、どんどん気安い仲になっているのは確かなのですが、何しろ勝家というものがいる。「儂はうぬが大嫌いじゃ!」と他人もいる前で言い放てる御仁です。そして利家はその勝家を心から慕っているのです。

秀吉につく、すなわち勝家から離れるということです。今作の利家に、一体どうやったらそんなことをさせられるというのでしょう。

「儂は天下人になる」

初めて明確に、秀吉は決意を端的な言葉で述べました。利家に向かって。

今生きている信長の息子たちの誰一人として、信長の後継者たるにふさわしい器量の者はおりません。そのことは実は勝家にも利家にも判っているのです。ただ、だからこそ自分達が支えていかなければならないと考える。それが彼らの秩序意識でした。

利家は逆上して秀吉を追い返します。しかし前代未聞の非常識な決意の言葉を、忘れることはできませんでした。胸の奥に刺さった言葉を、彼はゆっくりと咀嚼していきます。秀吉が、あのサルが、天下人を目指すだなどと。全くもってとんでもない。だが。だが、しかし。

それが勝家だったら、どうなのか。

その想像に立ち至った時点で、利家は新たな一歩をもう踏み出してしまっていたも同然でした。

思えばこれは、明智光秀が信長を討つと覚悟を固めた時から始まったということになるのでしょう。光秀は信長の重臣でしたが、本当に望んでいたのは足利義昭の治世でした。彼の本心の吐露は、秀吉にもまた覚悟を固めさせます。織田家に仕える者であることを捨てる覚悟を。

そして今度は利家の番です。彼もまた、知ってしまいました。織田家の臣であり続けること以外の可能性というものを。信長の、家でも血筋でもなく志をこそ受け継ぐという覚悟の形を。

利家が直面した二者択一は、勝家か秀吉か、ではありませんでした。今まで通りの秩序を守るか、全く新たな挑戦をするか、でした。

もしも本当に天下一統が成るのなら。この戦乱の時代を終わらせることができるなら。

でも。

本当は貴方とそれを実現したかったのだ、という利家の叫びを聞いた時、勝家は全てを悟ったのだろうと思います。

秀吉の野心も、お市の覚悟も、その真の内実を。

お市は、秀吉を阻止することが可能だと本心から思っていた訳ではないでしょう(小一郎に投げかけた問いは、むしろ焚きつけるようなものでした)。俗っぽい言い方をするならば、「私の屍を越えてゆけ」です。勝家を選んだのもそういうことです。冷静に物を考えるならば、丹羽長秀のような結論になるのです。そうならない愚直さは、勝家にしかありませんでした。

戦いの帰趨はもはや見えました。終わりの時が近づいています。

この1週間、ずっと考えていました。秀吉が、お市と柴田勝家の結婚を勧めた真意は何だろうと。

「勝家も織田家との結びつきを強めた方がいい」というのはもちろん表向きの理由に過ぎません。

秀吉が今しようとしているのは、いわば織田家の乗っ取りです。そのためにはお市が近くにいては何かと邪魔なので、遠くへ追いやろうということだろうか? しかしそれならば、お市がそれを見抜いていながら自らその提案を選び取ったのはまた何故だったのでしょう。

官兵衛や小一郎や長勝など、秀吉の周囲では「お市が秀吉と勝家との仲を取り持ってくれることを期待して」ということで何となく納得したような空気がありましたが、いやいやそんなものではありますまいに……と思いながら今回の45分を観ていたら。

あっと叫びそうになりました。これは宣戦布告だったのだ。秀吉からお市への。

はっきりそういう言葉は何一つ使わず、お市もはっきり問い返すことは何一つせず、それでもお互いが正確に理解し合った戦いの宣言とその受諾でした。

思えば、勝家が訪ねてきた際にお市は「入ってよい」と声を掛けましたが、彼にはとてもそうすることができませんでした。その直後に秀吉が来た時は、お市の方から襖を開けさせたのです。

秀吉が下剋上を決心して迷いなく突き進むことができるのは、亡き信長の心に最も通じていたのは自分だという確信の故です。そしてその秀吉の心の内を、今誰よりも理解しているのはお市でした。さすがというべきか、信長の妹。弟であったならと信長に言わしめた妹。

勝家も、利家も、秀吉にあるのは「野心」だと思っています。でもお市は、「覚悟」という言葉を使うのです。

秀吉と小一郎は勝家たちのような意味では「織田家」の家臣ではないということも、お市だけが正確に理解していました。2人の忠誠心が向く先は、あくまでも信長という個人に対してだったのだということを。そして、信長亡きあとの織田家には、彼の代わりが務まるような者は誰ひとりとしてないのだということも。

織田家の人間として、お市は秀吉の下克上をそのまま認めることなどはできません。彼女は戦うつもりです。ただ……それは「勝つため」では多分ありません。

自分と戦え。信孝でも信雄でもなくこの自分と戦って倒せ。それが織田家から政権を奪うということだ──。

それが彼女の「誇り」です。「面目」などという薄っぺらいものとは違う、誇り。

勝家は秀吉に面と向かって(しかも他の人間もいるところで)「儂はうぬが大嫌いじゃ!」と言い放ちました。けれどもお市は、対決を決断した今でもなお、秀吉を嫌ったり憎んだりしているというのでは決してないでしょう。ただ、道は分かたれた、というだけのことです。彼女も秀吉もそのことを判っているし、相手もまたそうだと知っている。それだけのことなのです。

小一郎が信長の葬儀を思いついたのは、信孝が手元に置いて放そうとしない三法師を取り戻す手段、方便ということでしかありませんでしたが、結果としてその葬儀は秀吉にとってとても大きな意味を持つものになりました。「儂は上様を盛大に弔いたい」──演技もまたそのまま本心であるような秀吉の、これは一周まわって心からの言葉だったと思うのです。秀吉にはそうすることが必要でした。

参列者の前で空に向かって叫んだ言葉は、「これから先もずっと信長の忠実な家来だったことを忘れずにいる秀吉」を印象づけるものでした。しかし、位牌の前でそっと呟いたのは、それとは全く別の言葉。

上様。これでお別れにございます。

心の中の信長との訣別。それはお市との戦いを前にして、秀吉なりのけじめのつけ方だったと思います。

大河ドラマにおいて、死者は生者にバトンを渡して去って行く。「新選組!」の時に、山南敬助を演じた堺雅人さんが語っていたことです。

史実ベースの歴史小説や時代劇が、しかしただ事実だからそう描いただけという「さよか」であってはいけない、あくまでもこの物語の中での出来事として成立していなければならないということ。

織田信長と森乱と、そして明智光秀が、秀吉と小一郎にこんなバトンを渡すことになったとは……!

明智方の兵に身をやつした森乱の、「上様をお守りできませんでした」という最期の言葉。小一郎の聡明さがあれば、これだけで全てが判った筈です。信長が森乱に何を命じたかということ。彼がそれを実行するために奔走したこと。そしてそのまま主君とともに死ぬのではなく、最後の力を振り絞って外へ逃れ出てきたのは、味方に急を知らせなければという強い意志。

これまでずっと小一郎にとって、戦とは信長に命じられて行う職務でした。敵将の誰についても、小一郎自身に相手をどうしても殺さなければならない理由はなく、降伏だけで済ませられるものならそれに越したことはなかったのです。その小一郎が初めて自分の意志で叫んだ「明智を討つ!」という言葉。彼は光秀に好意と敬意こそあれ、憎んだことはありません。それは今この期に及んでさえもそう。それでも、もはや何の迷いもなくその決意は彼の口をついて出ました。信長を失った今、小一郎はついに初めて、本当に、戦国の世を生きる武士になったのかもしれません。

光秀を憎んではいない、といえば秀吉もそうです。なるほど激怒してはいる。八つ裂きにしてやりたいほどに憤っている。でもそれ以上に、「なぜだ」という疑問をぶつけたい気持ちの方が大きい。

この「なぜ殺した?」という問いが、秀吉と他の武将たちとの違いであった気がします。秀吉自身もこの時にはまだ意識してはいなかったでしょうけれども、彼は織田家の家臣というよりは、信長という個人の家臣でした。信長という個人に魅せられ、尊敬し、迷いなくそのあとをついてきました。織田家代々の家臣の家に生まれた者が、「今度の殿様はどういう器量であるか」と瀬踏みするような視点は、秀吉には一度もなかったのです(信長から見た秀吉が、まだほんの軽輩の頃から特別な家来だったのもそういうことでしょう)。秀吉にとっての一大事は、織田家の跡目ではなくあくまでも信長の死そのものでした。

このことを秀吉に自覚させたのは、他でもない光秀です。「自分が見たかったのは上様の世ではなく足利義昭様の世だった」「自分がお仕えしたかったのは生涯に公方様たったひとりだけ」……これは秀吉の想いと殆ど同じではなかったでしょうか。見たかったのは、織田家の世ではなく信長の世。主君は生涯に信長ただひとりだけ。

光秀のこの述懐は、相手が秀吉であったればこそでしょう。秀吉が自分と同じように「ただひとりの主君」を敬愛し抜いていることを、誰よりも理解していたのが光秀だったと思うのです。そういう秀吉に捕らえられて、自分の本心を吐露することができた。もしかしたら、捕らえられたことで光秀は初めて心の平和を得たとさえいえるのかもしれません。

隔てのない広い空、という信長の理想を聞いたのは、秀吉だけでした。2人きりで語り合った理想の将来。その空を照らす太陽になりたいと自分は言った。それを聞いた上様は、いかにも楽しそうに笑ったのだ──。

この決意を固めた秀吉の背中を更に押すこととなったのが、与一郎のまさかの死です。これはやむを得ない戦死とは言い難い。織田家の新しい当主となるつもりにしてはあまりにも軽躁過ぎる、信孝の振る舞いのせいです。信長には到底及ばない。比べるべくもない。

あまりにも早過ぎた与一郎の死もまた、秀吉と小一郎に手渡されたバトンの1つでした。

そりゃあなるほどこれまでの大河ドラマでの「本能寺の変」を片っ端からおさらいしていく筈ですよ、「本能寺の14人」だなんてやる筈ですよ。「15人目」にそれほど自信があったということですよ!

「麒麟がくる」や「どうする家康」など直近ではかなり癖の強い信長像がまだ大河ドラマ好きの記憶には新しい中、今作の信長はエキセントリックさという方向への強調は一切ない人物造形でしたが、そういう信長が最期を遂げる本能寺の変をどう描くか、手垢のつかない表現の余地はまだまだまだまだいくらでもあったんですね。

斬りかかってくる明智軍の兵が、信長の目には光秀自身と映ります。おまえじゃない!と叫んで斬り捨てる。これは演者のアドリブだったという記事を放送後に読んだのですが、小栗旬さんが「秀吉にだったら討たれたかったのに光秀だったから」というようなことを語っていて、あっと意表を突かれました。

兄を殺したいと思ったことはないか、と小一郎に尋ねた信長。信勝を討ってからの20年、心の中にはずっと弟がいたのでしょう。そして信澄の成長も常に記憶を刺激し続けます。信長は、信澄から父の仇と狙われることを予期していました。疑ったのでも警戒したのでもなく、いつかはその日が必ず来ると、当然のこととして思っていたのではなかったか。そしてそれは、信勝を待っていた、ということでもあったのではないか。

と思っていたのです。秀吉に下剋上されることを望んでいた、というのは観ている最中には思いつかなかったのですけれども、言われてみるとああそうかと思い当たるんですよね。前回、2人だけで空を見上げながら語り合ったこと。信長の理想とする国づくり・政治のありようが「どこにも境のない広い空」だと聞いた秀吉は、「その広い空を照らす太陽になりたい」とすぐ口にした訳です。何の他意もないあけっぴろげの笑顔で。

それではおまえが一番に目立つではないか、と冗談めかして怒鳴りつけながら、あの時に信長は、自分に取って代わる者としての秀吉を見出していたのでしょう。

だから討たれてもいい、とすぐに思った訳ではありますまい。ただ、襲撃者が光秀の兵たちだと知った時、驚愕や衝撃や激昂というよりは、落胆めいたものが咄嗟に胸を去来したのかもしれません。そして光秀の顔を見た時に(それは信長だけの幻だった訳ではありますが)、言葉となって口をついて出たのでしょう。おまえじゃない!と。

浅井長政、比叡山焼き討ちで命を落とした庶民の女たち子供たち……信長の心にずっとわだかまっていた死者たちの幻。手傷を負い、だんだんと消耗していきながら、やがて信長は信澄の幻と向かい合っています。もう疲れた、父の仇と討たれてもいい。そう思ったその刹那、走り込んできて敵兵を斬った森乱が、信長の目には信勝に見えました。

待ち続けていた弟は来てくれました。それも、恨みを晴らすためではなく。笑みを浮かべて。

信長は明晰な意識を取り戻します。自決を決意し、森乱に命じたことは「首を敵の手に渡すな」。それは光秀には負けない・勝たせないという断固たる意志です。

森乱には、この命令を確実に実行するため信長の遺体に畳をかぶせて引火させ完全に燃え尽きるようにした、との言い伝えがあるそうですが、今作の彼もそうなのでしょう。というのは命令に頷いたあと、すぐにその場から駆け去ったからです。

一人になった信長の前に、再び信勝の幻が現れます。「兄上。我らの一生はろくなものではございませんでしたな」その言葉も微笑みも穏やかで、恨みを飲んで死んだ者のようではありません。自嘲でもなければ、兄を嗤うのでもない。ただの、事実の総括です。

弟の言葉に、信長が思い浮かべたのはもう一組の兄弟のこと。二匹の兄弟猿、秀吉と小一郎。秀吉はきっと次の天下人になるのだろう。その傍らには小一郎がいるのだろう。

信長の顔にも笑みが浮かびます。最後に呟いた言葉は、「是非もなし」。

 

憎くもない弟を討ってまで当主の地位を固めた信長は、その後ずっと「そういう殿」として生きる以外にありませんでした。冷酷非情な権力者を意識して演じ、心の中に抱えた幾多の死者を増やし続けていきました。そうして恨みを買い続けたことの当然の帰結として家臣に叛かれて死ぬ。自業自得といえばそれまで、でもいくら何でも切な過ぎるじゃないか……と見えていたものが、最後の最後、その瞬間に反転しました。長年の心の澱をついに洗い流すことができた信長は、その死の間際、まぎれもなく幸福だったのだと思うのです。