2017年、一人の歯科医が提唱した「誤嚥性肺炎ゼロプロジェクト(略称:ゼロプロ)」。誤嚥性肺炎ゼロを目標に掲げ、看護師や医療従事者、介護施設職員に向けて口腔ケアの実習やセミナーを実施し、介護施設や病院で「週2回の口腔ケア」を推奨している。
現在は全国43施設(2020年11月)がこのサービスを導入し、さらなる拡大を目指している。「ゼロプロ」を提唱し、プロジェクトを推進するのは歯科医でありクロスケアデンタル(福岡市)の代表・瀧内博也氏と共同設立者・浜俊壱氏。日本の医療・介護業界で初の試みとなるこのプロジェクトの骨子と今後の展望を聞いた。
――口腔ケアによる免疫力向上、病気の予防という視点では医科との連携が考えられそうですが。
浜 ええ、2018年1月には開業100年の「有田クリニック」(福岡県糸島市)と提携し、クリニックの中に歯科を立ち上げ、双方にメリットが生まれるように運営しています。
有田クリニックさんより歯科の診療費の中から一定の割合をいただき、私たちはその地域で圧倒的な信頼を持つ「有田クリニック」の看板で訪問歯科を展開しています。現在、常勤歯科医師1人、非常勤歯科医師2人、歯科衛生士6人が従事しています。
瀧内 聞いたことがない名前であれば地域で信頼を得るのは時間がかかりますが、有田クリニックさんは地元で100年続く医院です。名前を知らない人はいないという感じで「ああ、あそこから来てるのね」と安心して受診していただけています。
有田クリニックさんにとっては院内に歯科を開設することで毎月、固定の収益が見込めますし、私たちにとっては訪問歯科で安定した経営をしながら「ゼロプロ」を推進できます。
――最大のテーマはゼロプロの推進である、と。
瀧内 問題は「口腔ケアのやり方が確立されてない」ことだと思います。それは介護、医療問わずどちらもその状況なんです。「ルールがない」から口腔ケアをしてもしなくてもいい。必然的に忙しい現場ではやらない方が増えていきます。
少しずつ、ゼロプロに賛同し口腔ケアを実施する介護施設が増えていますが、口腔ケアをしてせっかく良い状態だったのに、入院して帰ってくると口内環境が悪化していることだってあり得るんです。
浜 反対に、入院先の病院で口腔ケアが徹底されていれば、口内環境が良くなり健康状態も上向きになる。すると、その入院先の病院の評判は間違いなく上がるでしょう。
――福岡から北は北海道まで全国で43施設まで広がっていますが、展開はどのようにされていますか?
浜 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広がる前までは現地に行ってセミナーと研修を開いていましたが、今はオンライン講座です。もちろん、実習もオンラインでできます。大切なのは、セミナーを機に職員さんの「心に火が灯る」ことなんです。
――「火が灯る」とは?
瀧内 セミナーを受けると職員さんのモチベーションが高まります。これが最初の小さな火ですね。継続していけばもっともっと燃え上がっていきます。中には炎が小さくなってくる人もいるので定期的にフォローし、指導するという形で一度灯された火が途絶えないように継続するフローをつくることを大切にしています。
浜 その仕組みとしてシステム会社と共同で「yorisoi」という口腔ケア実施状況のクラウド管理システムを開発しました。これは介護・医療現場の職員が口腔ケアを「いつ、誰に対して実施したか」の記録を取り、見える化するものです。また、職員が口腔ケアのやり方をいつでも復習できるe-learningも備わっています。そうすることで、各施設でゼロプロのベースとなる職員による週2回の口腔ケアが継続しやすくなります。
――それでは最後に、今後の展望をお聞かせください。
浜 ゼロプロをさらに全国規模で展開していく予定です。2020年中に100施設導入、2021年にはその倍、2022年にはさらにその倍と広げ、ゆくゆくは日本国内の全介護福祉施設で口腔ケアの実施を標準化することを目指しています。
瀧内 目指すのは「口腔ケア」をルールに加えてもらうことです。例えば、すでに介護の現場で決まっているルールで言えば「週に2回お風呂に入れる」ことは決まっています。
口腔ケアも「最低週2回」とルールができれば、私たちの手を離れても日本全国でどんどん広がっていくでしょう。そして、「誤嚥性肺炎ゼロ」も実現できると思っています。
◆瀧内 博也(たきうち・ひろや)氏
2009年に九州大学歯学部を卒業し、2010年から岡山大学大学院インプラント再生補綴分野へ。2014年、福岡歯科大学高齢者歯科医員となり翌年に福岡歯科大学高齢者歯科助教に。2017年に誤嚥性肺炎ゼロプロジェクトを発足し、2018年 株式会社クロスケアデンタル創業。一般財団法人国際介護協会技術顧問に就任。2019年に九州大学大学院歯学研究院口腔顎顔面病態学講座口腔医療連携学分野共同研究員に着任。2020年に(一社)日本老年歯科学会が開催する学術大会で課題口演に選出される。
◆浜 俊壱(はま・しゅんいち)氏
九州大学21世紀プログラム卒業後、西部ガス株式会社に勤務。2015年、中小企業診断士を取得。2017年に勤務先を退社後、新規事業を企画運営する会社「ONESTAND」を創業。2018年に株式会社クロスケアデンタルを瀧内氏と共同で設立。翌年、株式会社クロスケアコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。