人の助言、誰かにかけられた言葉って、なかなか素直に受け取れない時もあるかなぁと思います。
最初は大丈夫だったとしても、だんだん重荷になってきたり、素直に受け取れないなんてことも・・。
理由はいろいろあると思います。
そもそも人に言われるのが嫌だという場合や、自分のことをわかってくれないと感じたり、わかった感じに解釈されるのが嫌になったり・・。
場合によっては、既に自分で考えていたことを後追いで言われて聞くのが面倒になってくるなんてのもあるかもしれません。
うーん、ただ、よくよく考えてみれば、別にそれは助言で会って従わなければならない物でもなかったりします。
もちろん相手は何らかの理由があってそういってくれているとは思います。
それが自分には見えない気づかないことなのか、
それとも、自分の後押しをしてくれようとしているものなのか。
なんにしても、それは助言であって命令ではないのです。
たまに完全に命令できかないと怒る人もいたりしますが、そもそもそれならそれに付き合う必要もないかなぁとも。
結局人の言うことは聞けばいいの?聞かなくていいの?
って話になりそうですが、聞いたことを考えてみるぐらいがちょうどいいのかなって気がしています。
別に従うかどうかは置いといて、一度頭に入れてみる。
聞きもしないのとはたぶん何か違うとも思います。
そして、その時の自分にはつらい雑音でしかなければ、そのまま流せばいいのだと思います。
いつかそれが役立つときに聞き流していたことを思い出して、なんかのヒントになるかもしれませんから。
自分で何かを見つけ自信を持てるようになると、実はその為に、見えない物気づけない物が出てきたりします。
そんな瞬間にあたらなければいいのですが、何かピンチの時にふと陥ると結構気づけない死角が大きく苦労したりします。
自分のやり方に慣れてしまっているせいで、どうしても同じところをぐるぐる回る・・。
実はそんな時こそ人の言葉にヒントがあったりするのですが、最初それに助けられたことがある人でも、意外と自分自身の経験に邪魔されて初心に返れないなんてこともあったりします。
最初の話に戻ると、
人の言葉や助言て、時に素直に聞けないとか、聞けていたのにそうじゃなくなるなんてことがよくあります。
ただ、相手は自分のすべてを理解しているわけではないので仕方なかったりします。
自分は人に言葉を伝えるときにすごくそこに悩みますが、その人との関わり方、かえってくる言葉、やり取りの状態によっては、実際のその人とずれていって、役立たない言葉、もしかしたら嫌な思いをさせたりもあるかもしれないと感じます。
感じたことやなんとなく引っかかること、今だけでなく、いつか役立つかもしれない謎のヒントみたいな言葉をちりばめながらですが、やっぱり相手の言葉やかえってくる情報が少ないとどんどんずれていってるかも知れなくて、どれだけ無駄な話をしてしまってるのだろうという気にもなります。
ただ、それでもできることをしようと思うのは、いつかその人が万が一にも抜け出しにくい落とし穴にはまった時に、少しでもヒントになれば、という思いと、少しでもその人の判断材料が増えれば・・とそんな思いからです。
わかったようなことを言ってはいても、わかっているわけでも決めつけたいわけでもなく、ただ一つの周りから見えてるかもしれないその人。を、含めて余計な話を・・。
と、話がそれましたが、
自分の無駄に長い言葉はともかく、
いろんな人のいろんな言葉は、あっていても間違っていても、誰かの感じる世界であったり、もしかしたら自分には見えない世界の何かかもしれないので、従うのではない、その言葉自体の意義を探ってみると面白いかも?というお話でした。
あ、ちなみに押しつけてくる人とかの言葉には、その人自身の弱さや、弱点みたいなものが言葉にすけてみえてることもあったりして、興味深かったりもします。
極端な経験主義の人とかは特にわかりやすいですね。
そこも見えてくると、同じ過ちを犯さないように自分で気を付けることもできたり・・します。
人生何が役立つかなんてわからないものです・・