【思う事】個人感情の一般化 | 人生50年あとはおまけです

人生50年あとはおまけです

成人病オールスターズのおっさんが
書き残す終活日記。
2014年8月以降も生き残っていたら
なるべく続けます

米の価格についての議論が喧しい。

元々、統制価格から自由化したといっても

実態としてはJAのコントロール化にあると

いってよいのだから話はややこしくなる。

その事には利点欠点あるのだろうけど、

全体としては、「三方由」に収まっていたのが

なぜ、こんなにも感情が高ぶっているのか?

急激な物価高が、米価格にも

ダイレクトに影響して値上げせざるを得なかった

のが大きな一因だろう。

JAもこの現象をコントロールできなくなった。

 

そこで小泉さん登場となるのだが、

なぜ国民はそこまで激怒するのだろう?

 

元々「価格」というものは

需給関係と製造原価など

から決定される。

特に飲食に関するものは

製造原価が重要で、

同じ野菜でも

オーガニックや希少生産品などは

高いが、

大量製造であったりフードマイレージの

少ない産直品などは安い。

 

米も自由化以降、

ブランド米が増えて来て中には

100g単位で販売するような超高級品もある。

多くの食料品や外食店のように、

棲み分けは出来ていたのだ。

それがなぜ?

やはり、生活に直結していることと、

一般的な価格そのものが上昇して

いったのが原因なのだろうか?

 

ところでこの「高い」という主張には

注意して接しなければならないと、

私は思う。

 

「高い」「高すぎる」という主張は

個人の主張だからだ。

 

価値観は人それぞれなのに、

その主張が大きくなると

一般化して、「〇〇は高い!」や

「最近のラーメン高すぎ」のように

薄く広く世間に浸透していく。

 

特に痛々しいのは、「うちで作れば〇〇円!」

とかいう主張。

 

じゃぁ、そうすれば。としか言えないし、

その主張してどうなるの?と思うし

そもそも、作成にかかわる経費

(人件費、作業費など)

入れてないじゃん。

 

特に外食系は、

来店者を選べないから難しいと思う。

「〇〇見て行ってみたけど、高すぎだし肉もしょぼ」

とか口コミに書かれても下手な反論はできない。

でも実はその店は厳選された肉を

時間をかけたソースで食べてもらう事に

誇りを感じ、お客様が時間をかけて

満足できる時間を提供し、

そのサービスを持続する

ための費用をいただくレストランで

あったとしたら。

 

SNSによる承認欲求はこういった点でも

何とも言えない弊害を及ぼしている。

 

「発言には責任を持て」とは

良く言われてきたが、今や匿名投稿が

主流になって、もはや言いたい放題。

 

ネット通販で「訳アリ野菜」と書いてあるにも

関わらず

「きゅうりが歪んでいて切りづらかったです」

とか。

「これで○○〇円は高すぎ」

とか。お前が決めるな。

と、ついつぶやいてしまいそうで

あきれてしまう意見も

普通に良く見かける。

 

そういった意見が簡単に投稿でき、

それを見た人が

「そういえば私も・・・」と思い投稿し、

やがて一般化してしまう。

 

あらゆる販売業者にとって、厄介な問題だ。

もちろん悪徳業者もいるので、

個人意見を

シャットアウトしてはいけないが、

 

悪気のない「個人的感想」には

対抗したり防御しても良いと思う。

 

最近増えてきた?料金の二極化だ。

すでに、

一部の飲食店やホテルなどでは行われている。

会員制やスバ抜けて高額に設定した料金。

これらは古くからあるし、他にも

グリーン車やファーストクラス。

 

これまたよく話題になるのが

「ホテルの飲食たけ~」問題。

 

高いと思うなら来なくて結構。

というスタンスだ。

 

その結果、

文句を言いそうな人は来なくなるので、

結果的に店の質はあがる。

 

飲食店も同様。

 

ただ、この匙加減が難しいと私は思う。

 

高額な費用を払う客層を満足させる事の出来る

サービスを提供しなければ、

すぐに選ばれなくなるからだ。

そのためには、

素材の調達から接客スキルの高い

人材確保とその育成、

さらにはチームとしての

意思統一とその維持。

静かな空間や雅な空間の

手入れと維持。

それらの結果が、至福の時間を提供し

来店者は満足して対価を支払う。

 

その一方、ファストフードと呼ばれるような

所では、いわゆるタイパやコスパが

求められるので、

過ごす時間に対する満足度は

さほど求められない。

素材やサービスも均質化

されているので、

一定レベルではあるが

それ以上は提供していない。

 

また、野球場や今話題の万博などの

イベント会場でのビール料金など。

 

なにもかもを一緒くたにして論じるという事が

不毛であることに気づいてない?人が

SNSの普及によって非常に増えていると感じる。

 

そりゃぁ、野球場で買うビールと

激安スーパーで買うビールでは

値段は数倍ちがって当たり前だし、

 

ファストフードの牛丼と

老舗牛鍋店の牛丼も同じ値段で

提供できるわけがない。

 

文句を言ったり、承認欲求を満たすのは

よいストレス発散ではあるかも知れんけど

それって超自己中心的であると思うし、

その場その場を楽しめない

(文句を言うだけ)

っていう点でつまらなくないかなぁ?

 

文句を言うなら次から行かなければ

いいだけなのに、

なぜ?文句を言うのだろう?

 

これもSNS普及による感情発露の仕方が

変わってきたせいなのかな?