【思う事】TVの終焉 | 人生50年あとはおまけです

人生50年あとはおまけです

成人病オールスターズのおっさんが
書き残す終活日記。
2014年8月以降も生き残っていたら
なるべく続けます

民放を見なくなって久しいが

この土日に久しぶりに見た。

 

改めて、「もう見ることはないな」

と感じた。

 

どの番組だ、というのは指摘しないが

なにしろ、CMが多い。

まぁこれは仕方ないと思う。

ただ、ひどすぎる。

本編よりもCMの方が多いんじゃないか?

と感じるくらいの多さ。

あと、山場?っていうんですかね?

「このあと!驚くべき光景が!」

みたいな煽り文句が多すぎる。

 

CM自体は悪いことではないし

効果的な宣伝手段であると思うから

それを見て、新製品を買う事もある。

 

私の世代では

バーモントカレーとか

フルーチェとかは

CMの効果が絶大だっただろう。

 

だけど、多すぎる、というか

流れを寸断する、というか

番組の連続性が途切れるのが

なんとも私には許容できなかった。

 

CM以外では偏向報道。

これも民放である限り、

その指針に沿った

報道をするのはアリだ。

 

そういった思惑を意識して

見ていれば問題ないが

そういった意識で見ている人は

どれくらいいるのかね?

 

世論誘導にならないのか?

報道の公平性とは?

 

疑念が渦巻くばかりだ。

 

NHKも同様だ。

私はしばらく勘違いしていたが

NHKは「公共放送」らしい。

「国営放送」ではない。

なのに偏った報道ばかりする。

それでいて、通信料は払え、と。

 

偏っているかどうかは個人の

価値観があるので、一元的に

断言はできないが、少なくとも

そういった満足できない人にまで

一律的に「払え」というのは

あまりにも傲慢的ではないか。

 

ということでTVが担った役割は

もう終えているのではないか?

と感じた。

 

例えば、天気予報や渋滞予測。

世界情勢から国内情勢。

映画や音楽などのエンターテイメント。

グルメやスポーツ。

そういった話題全てが今では

ネットから簡単に手に入る。

 

もちろんこれらにも

メディアバイアスは

かかっているが、

それをわかってさえいれば

(メディアリテラシーですかね)

TVなんて比較できないほど

利便性は高い。

 

TVにも有用性はある。

それはBS,CSのように

趣向性に特化した番組だ。

 

もっともそれさえもYoutubeなどで

視聴できることもあるので、

視聴料を払ってまで見るのか?

という疑念はある。

(費用対効果の問題だと思います)

 

さらにはインターネットTVが

普及してきて、趣向性のニーズは

特化する一方だ。

視聴者は満足いくコンテンツに

金を払う傾向になってきている。

 

こういったメディアコンテンツ提供の

流れが変わる中でいわゆる民放や

NHKが果たす役割はどこに

あるのだろうか?

 

民放は「面白いコンテンツ」を

提供するよ!

だからCM見てね。

でいいと思う。

CMがイヤなら見なければ

いいだけだからだ。

 

だがNHKはダメだ。

あちこちで言われているが

見たい人だけ(視聴料を払って)見る。

(払わないアカウントには)

スクランブルをかける。

でいいのではないだろうか?

 

見たくなるようなコンテンツを

作成するなら、それを見たい人は

必ずいる。そういったコンテンツを

オンデマンドで提供できるのがいい。

 

私のようなサラリーマンは

平日はほぼTVを見ることはないのだ。

土日にしてもせいぜい数時間。

たとえ「見たいな」と思えるコンテンツが

あっても時間調整がほぼムリなのだ。

 

もし調整できて

その数時間を消費するに値する

コンテンツなら

それに見合った費用を払おう。

 

だけど、一律的に

「金払え」では多くの国民は

納得できないのでは

ないだろうか?

 

貴重な時間は自分の

好きなコンテンツ

(映像、書籍、音楽などなど)

や行動(買い物、遊び)

に消費するのだから

それを上回る魅力がないと

いけない。

 

今のTV放送にはそういった

ユーザーニーズを

おざなりにした企画が

多すぎる。

 

と、ふと週末に感じました。

 

さて、寝るにはまだ時間も早いし

「孤独のグルメ」DVDでも

見るかね。