五位野正博士主催のパーティで鳩山会長 感激!!
■たまねぎ・ドームの美しい建物ワシリー聖堂
赤の広場はクレムリンの北東の赤い城壁と赤レンガ造りの国立歴史博物館、国内最大級の百貨店として知られているグム百貨店、そして、たまねぎ・ドームの美しい建物ワシリー聖堂に囲まれており、広さ約7万3000㎡にも及んでいる。
赤の広場とは、ロシア語で「クラースナヤ プローシャチ」と言われ、「美しい広場」を意味している。
このあたりは以前キタイ・ゴーラットと呼ばれる露天を中心とした商業活動地域だったが、17世紀に区画整理し、美しく模様替えをしたことからこの名称が登場したと言われる。
■ロシアの新聞に掲載された五位野博士のゴッホの記事に目を通す
鳩山会長(左)、五位野博士(中央)、メリック博士(右)
NPO法人日本・ロシア協会鳩山由紀夫会長(民主党元代表・衆議院議員)代表団一行9名は9月4日(土)成田を出発、サンクトペテルブルグを訪問した後モスクワに入った。
代表団には、鳩山幸会長夫人、橘康太郎副会長(自民党総務・衆議院議員)、理事の方々、そしてあおぽ編集部が取材のため同行した。
9月7日、クレムリンに近く、ロシアでは超一流の由緒あるホテル・メトルポールで、世界民族精神融合アカデミーの副総裁(本部ロシア)である五井野正博士主催のパーティーが開催された。
出席者は鳩山会長ほか代表団一行、大統領顧問であり元国防大臣・上級大将(元帥)、現プーチン大統領を補佐するヴァレン二コフ・ヴァレンチン氏(詳細は二面)、ロシア英雄協会会長補佐ラヴレンエンコ・ミハイル氏、アルメニア国立科学アカデミー科学教授ラフイック・メリック氏、また、どんなに忙しくても博士から電話があるとすぐに駆け付ける無二の親友・宇宙ステーションミールの元船長ソロビヨフ氏等も出席した。
これは、ロシア大統領直結の顧問の一人であり、ロシア国民から大変好感をもたれている五井野博士が日露協会事務局から依頼を受け、急遽モスクワに飛び実現したものである。
鳩山会長は五井野博士の推薦によりパーティーの席上、ロシアの偉大なピョートル大帝の勲章及び国際自然社会科学アカデミーのアカデミシャンを授与され、鳩山会長は感動を身体全体で表現し、御礼を述べた。
和やかな雰囲気のパーティー会場では何度も乾杯が行われ、夜遅くまでお互いの親睦を深めたのである。
外務省の対応に疑問?
今回の訪露は鳩山会長が野党である民主党の議員のせいなのか、それとも日本の外務省が閉鎖的でロシア上層部とコネクションをもっていないためなのか、鳩山会長代表団に対し、あまり熱心な対応とは思えなかった。
「鳩山」と言えば政治家一族としての名門であり、本来であればもっとロシア上層部との交流があって然るべきものなのに、サンクトペテルブルグでは上層部とは会えずに終わったという感を拭い去ることができない。
日本外務省は鈴木宗男元議員の事件などでも分かるように閉鎖的で問題のある所である。
田中真紀子元外務大臣が外務省の中に「伏魔殿がある」と延べたように、外務省の中に鈴木宗男元議員を動かした組織があり、その膿を出したかったと思うが、残念ながら中途で終わってしまった。
田中真紀子氏がもう少し外務大臣を続けていたなら、もっと伏魔殿の実体が表面に出たと思う。途中で外務大臣を更迭されてしまったのがとても残念でならない。
某宗教団体の政治・行政支配は今も続く。
鳩山会長が五位野博士の橋渡しで、日露の太いパイプを築く!!
代表団一行が帰国の途に着く当日、さらに、五井野博士は鳩山会長をIDCという文化オリンピックの事務局と引き合わせ、その後、プーチン大統領を動かすロシアの最高実力者との会談、その時に博士の推薦でプーチン大統領が唯一入会しているロシア連邦安全防衛法規律諸問題アカデミーの会員に入会できたのだ。
これによって鳩山会長はいつでもプーチン大統領と会うことができるという日露の太いパイプを築くことができた。
あおぽ編集長、宇宙ステーションの元船長と再会
五井野博士の無二の親友であるアナトリー・ソロビヨフ氏は、ロシア宇宙ステーションミールの元船長で1988年6月から1998年2月まで5回にわたって延べ約2年間ミールに乗船している。
しかも、世界で最も経験を積んだ宇宙飛行士として宇宙滞在日数652日とアメリカとロシアを通して史上2番目の記録保持者である。
ロシアの宇宙ステーション・ミールが2001年3月老朽化のため使命を終え南太平洋に落下したとき、モスクワにある宇宙ステーションコントロールセンターで指揮したことでも知られている。
あおぽ編集長の石塚は約2年半ぶりにソロビヨフ元船長と博士主催のパーティーで再会した。
■ソロビヨフ氏(左)と石塚編集長(右)
ソロビヨフ氏は日本が好きで今でも桜が印象に残っていること、そして面白いエピソードとして新聞にミールの元船長がタクシーの運転手をしていたと書かれびっくりしたことを話してくれた。なぜ書かれたかと言うと、自家用車で友人たちを送迎するのが好きで、ある時、友人たちをホテルまで送って歩いたところ、それを見た新聞記者が勘違いして書いてしまい、後で新聞社が説明に来て大笑いしたことがあるという内容だった。
ソロビヨフ元船長の人柄がよくわかるエピソードである。
あおぽホームページ → http://aopo.net
過去のバックナンバーや五井野正博士や恩田勝亘氏の特別寄稿集など、
盛り沢山!!(≡^∇^≡)

