仕事で
なんでできないのですか
と責め立てる文化は
たまにあると思います。
言ってる方は自分や後ろにいる人たちの正しさによせて
どうしてしてくれないのだろうか
と首をひねってみたり
するかと思います。
言われた方は
確かにそれはその通りだけど
できたらこんなに苦労はしていない
とばかりに
自分だってそうした方がいいのは理解できるけど
事実、そうしていない自分なのだから
それをどうにかなんてすぐできるものじゃない。
だけど、社会に属するうえで
それをそのままできないと受け入れることが
自分自身として受け入れられないこともある。
そりゃあ人間、群れを成して生きるものだから
村八分になったらなんとなく嫌なのは自然なことだと思う。
そんな時に、どうしたって
社会の立場の強い人や、多数を占める方のいうことが
いわゆる正しさとして武器の様に
取り扱われる。
自分自身のことを父親の様に守ろうとするならば
その言葉の武器に
あまり強く影響されない自分でありたい。
そのためには
他のコミュニティーの人間に
心を開いて
わずかばかりでも
心の触れ合いがあると
村八分にあった時に
心の支えとなってくれる。