この本の存在を知ったのは、1年前の夏。
韓国発の一大叙事詩BL漫画『ENNEAD』にドはまりしたことに始まる。
ホルス神とセト神の争い―――エジプト神話を基にしたこの漫画によって、私は生まれて初めてBL沼に突き落とされた。
ともかくENNEADから栄養を吸収したくて、Twitterやpixivを徘徊していた、そのとき。
「日本でもホルスとセトの神話を基にしたBL小説があるよ、二十年前のやつだけど」
…この時の衝撃たるや。
驚き感動呆れ慄き喜びその他諸々の感情は、「さすが千年変態の国…」という言葉に落ち着いた。
で、さっそく読んでみたかったけれど、二十年前のドマイナー本なので絶版。
Amazonでもとんでもない値段がついている。(全4巻揃えようとしたら5~6万円かかる)
図書館で借りようにも、去年私が住んでいたところ(東京)の管轄図書館は、この本がなかった。
血の涙を呑んで諦めかけていた折、今年の3月に引っ越して関東を離れ。
一応探してみようかと、私の引っ越した地区の図書館在庫を検索したら、この本があった。
ここで読まなきゃいつ読める!と借りてきて、有休を取得して1日で読み切った。
もちろん、かなり飛ばし飛ばしで読んだから、掴み切れてないところも多いけれど。
それでも、この土地を離れたら次いつ出会えるかわからない、この物語の忌憚ない感想を書き留めておきたいので、2回目はメモを取りながら読んだ。
読書感想文『王の眼 第一巻』
全体で受けた第一印象は、平仮名が多い文章だということ。
個人的には、一つ一つの言葉が何とも言えない丸みと優雅さを帯びているように感じられるので、好きな文章である。が、たまに読みづらいこともあった。「~ひとふりさぐりだし」のような文章を「ひとふぐりいじり」と読み違えて目を疑ったり。
そして2番目に受けた印象は、古代エジプト文化の描写がとても細やか、ということだった。
例えば、古代エジプト人が塗っていた黒のアイシャドウには鉱物が混じっており、まぶしい日光から目を守るだけでなく、ハエを寄せ付けない効果があったこと。
盲目の吟遊詩人(社会的弱者)を保護するために、彼らは誰に歌いかけても良い権利をもち、歌いかけられた相手は必ず代金を支払わなくてはならなかったこと。
髪を掴まれたら、不本意でもその相手には服従しなくてはならないこと。
古代エジプト人は貴賤も老若男女も問わず、みんな甘いものが大好き…などなど。
これら古代エジプト文化の描写は読んでいて面白く、これだけでも読む価値があると思えた。
<ざっくり起承転結・起>
砂漠と河(ハピ)の大地、タ・ウィ(エジプト)―――
そのひと隅に、性欲わんぱくな15歳の少年・ハル(ホルス)は、19歳の義兄・アンプ(アヌビス)と美しい医者の母・アセト(イシス)と共に健やかに暮らしていた。
彼らは乾季には沼地に住み、河が氾濫して沼地が水底に沈む時期には、街へ移り住んでいた。
アセトは沼地でも町でもひっそりと暮らしている。けれど、町にいる間の雇い主・売春宿の主兼神官ナクトの彼女に対する態度や、ときどき訪ねてくる叔父・イアンの存在、そして彼女自身が放つ覇気といい、とにかく只者ではないと評判だった。
そしてその評判を聞きつけ、とある者が3人の家族を襲撃した。
襲撃者は、タ・ウィを総べる王、セティ。
なぜ襲われるのかも分からないまま、ハルとアンプは命からがらイアンに導かれて逃げた。
しかしアセトは攫われてしまい、ナクトはセティ自らの手で殺されたのだった。
再読時に、ここのハイライトはナクトの死に際だなと感じた。
ただの小物にしか見えなかったナクトの最後の言葉「お前なんかが王なものか。お前の声を覚えているぞ。忘れたのか、72人の花婿を」という言葉の意味は、3巻を読んで分かった。
最初は、この言葉で死際にまた小物に戻ったな…と思ったけれど、実はそうではもないのかも。だってこの言葉によって、セティ自らに殺されることになったから。
彼がアセトに似た女ばかりを自分の娼館に入れていたのは、間違いなくセティへのささやかな意趣返しだったんだろうし、ナクトはあの言葉をセティに会って言うことが、積年の願いだったんだろうな。フラれた元カノへのねっちりした嫌がらせでしかないけど。
あとここがハルとセティの初対面だったわけだけど、年齢は15歳と47歳?再読すると、なんというか、いろいろ複雑な思いが…
<ざっくり起承転結・承>
イアンにより、ハルとアンプはかつての王都にあり、ハルの父母が昔住んでいた神殿に匿われた。
そこで知ったのは、叔父のイアンが実は国の大宰相で大貴族であるということ、ハルの父は病死したタ・ウィの前王ウシル(オシリス)であり、母は一の王女であったということだった。
一方でセティは現王都メンネフェルに、アセトを連れて帰還する。セティは二の王女・ネブケト(ネフティス)を妻にすることで王位を得ていたが、その仲は冷え切っていた。
事実上のセティの配偶者は宰相のネフェルトゥムであり、彼はセティに自らの髪を掴ませるほどの忠義を誓っていた。
一方でハルとアンプは、神殿内で曾祖母に会い、曾祖父母から始まる王家のゴタゴタを知る。
神殿内を探検するうちに、現状への疑問を深めていくのだった。
古代エジプト王家が父娘・兄妹間での近親婚を繰り返していたことは有名だけど、母と息子の結婚はあったかな?
このあたりから人間関係がごちゃごちゃしてくるが、一番のポイントは、ハルの曾祖母テフヌトと曾祖父のシュウが嫌いあっており、息子として生まれたゲブはおそらく不義の子で、それゆえにシュウから追放同然の扱いを受けた。で、それを恨んでゲブは下剋上して王位を奪い、母親を名目上の妻とした。事実上の正妻のヌトもいるけど、ここがあとで響いてくる。
再読して印象が一気に印象が変わるのはネブケト。こいつが一番意味わからない。性格が無理。
何が無理なのか冷静に考えると、しでかしたことが最悪なのに「私は間違ったこと何もしてませんけど?」という顔をしてるのが心底腹立つから。悪女はあとで出てくるが、ネブケトは悪女じゃなく性悪女、という言葉がふさわしいと思う。悪女は悪辣ながらもカッコいいが、性悪女は見ていて不愉快。
また、再読したときに初めて、ネフェルトゥムがセティに髪を自ら掴ませていたことに気づいた。この描写を見て、セティはネフェルトゥムに髪を掴ませたことはあったんだろうかと思った。しようとして、ネフェルトゥムがやんわり拒んだりしたのかな。
<ざっくり起承転結・転>
ハルとアンプは無事に匿われているものの、なぜ自分たちが王のセティに追われる立場になっているのかは分からないままだった。
そんな中、「隠された事実を知っていますよ」と歌いかけてくる怪しい連中に誘いだされ、2人は神殿から逃げ出してしまう。
彼らは2人を自分たちの本拠地に連れ帰り、自分たちはアンジェトという一族で、ウシルはこの一族の出身だったと語った。
彼らは、ウシルは本当はセティに惨殺されたことを伝え、ハルは激昂し復讐を誓うのだった。
一方でメンネフェルでは新しい聖牛の選別・献上に伴い、イアンも含めて様々な王・貴族たちが動き出す。一方でそれに合わせてアンジェトの手の者が入り込むが、セティにはあっさり見抜かれた。
身近な大人が信じられなくなる時期って確かにあるけど、それにしても初対面の人間を簡単に信じるなよ…と思ってしまった。
いやでも、この年頃ならそういうものか。ましてや、「なんか隠されてることがあるっぽいけど誰も教えてくれない」と不満を募らせていだろうし。
でも長年自分たちを保護してくれた叔父が警戒してる連中なんだから、何でだろう?くらいは考えてもいいんじゃないのかね。その描写さえ無かったような気がする。
私共は清廉な一族ですよ、という顔をしてるけど王都に密偵を入れてるし、すでに怪しさ満載。
<ざっくり起承転結・結>
ウシルのかつての師匠のアケルとトガリネズミにより現王家への反感を植え付けられ、アンジェトの一族には王子として敬われ、だんだん増長していくハル。一方で、王家への反感を植え付けられていることに徐々に不信感を抱き始めるアンプ。
アケルの娘相手に童貞を捨てるところで、第一話は終了。
アンプの不信感につられて、アンジェトの怪しさがさらに増していくような気がした。
アンジェトの癒し枠、アアシェリはここでやっと出た。
そして復讐心を燃やしながらも、目の前で可愛い女の子が現れるとヤることしか考えられなくなるハルにずっこけた。
15歳という年齢を考えれば仕方ないのかな。男子の性欲は分からない。そして童貞のくせに、既に女を可愛いだけの性欲のはけ口としか考えてないことがよく分かる。誰に似たのかな?まあ再読すれば明らかだよね。
そして反比例して上がっていくアンプの株。のちのち彼に起こることを知った後だと、こんな好青年がどうして…という思いが止まらなかった。
4000字くらいしかないのに、書くのに随分手間取ってしまった。
十数年ぶりの読書感想文は難しいな…
でも頑張って4巻まで書きたい。