臨床の砦  夏川草介 | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

 

 

 

 

信濃山病院は、病床数二百床に満たない小さな施設で、呼吸器や感染症の専門医はいない。しかし、地域で唯一の『感染症指定医療機関』のため、発熱外来には、コロナ患者たちが押し寄せる。防護服に身を包んだ敷島寛治は、酸素状態が悪化した患者:平岡の救急搬送に同乗し、市街地にある筑摩野中央医療センターへと向かう。

 

 

 

 

コロナ禍の中、最前線の現場が、医者の目を通し、リアルに描かれています。

創作ではあるのですが、ルポにしか思えないほどで、自分がいかに、安全地帯にいるのかを思い知らされた感じでした。

 

 

正体不明の感染症に『命がけ』で対応する予防接種医師たち。

 

敷島の学生時代の一年先輩で、筑紫野中央医療センター呼吸器内科医:朝日遼太郎。

内科部長である腎臓内科医:三笠。.

外科医:千歳龍田

肝臓内科の専門医:日進

糖尿病内科の女医:音羽

最高齢の循環器内科医:富士

神経内科医:春日

 

しかし、一方でコロナ診療を断っている病院もあり、その温度差に愕然とします。

加えて、風評被害を恐れ、患者が入院しているのに、表向きは入院していないことにしている病院があったり。

でも、敷島は、誰をも責めることなく、目の前の患者に冷静に対応していきます。

自らは、小心者だといいますが、良い医者です。

こういう先生に診ていただきたいです。

 

そして、そんなコロナ最前線で奮闘する敷島が、第一話のラストに、つぶやく「負け戦か……」の言葉に、ひらめき電球ひらめき電球ひらめき電球あっ、これって、もしかして……。

 

ググっサーチてみたら、やっぱり、連合艦隊の軍艦やん。

敷島なんて大和の枕詞やし、みんな日本国旗日本的な名前やなとは思ってたけど、なるほど、随所に戦争を思わす言い回しがあって、対コロナ戦っていうわけね。

 

 

 

続く第二話では、近隣の介護施設:『ラカーユ』で、クラスター発生。

病床は既にオーバーフロー。

しかし、受け入れざるを得ない病院信濃山病院。

 

テレビは、連日生ビール飲食店や飛行機旅行会社の苦境を訴え、経済を守るため、微妙な感染対策しか採らない政府の態度に、苛烈をきわめる診療現場では、苛立ちを露にする医師も。

 

加えて、『ラカーユ』が誹謗中傷にさらされるにおよび、そんなヤツが病気になって病院に来ても、診療拒否だと息巻く龍田の言葉に、めっちゃ納得の私でしたが、敷島はというと、それでは、自分たちも誹謗中傷者と同じになってしまうと、たしなめます。

 

<怒りに怒りで応じないこと。不安に不安で応えないこと>

カッコいい。拍手

どこまでも、抑制の効いた敷島医師、すごいな。

 

でも、そんな中、敷島が濃厚接触者に……。ゲッソリ

 

彼の弱さや家族への思いもまた、人間的で共感できるものでした。

 

 

 

そして、第三話では、ついに病院信濃山病院でクラスターが発生します。

コロナ診療に関わっていた看護師が、院内感染で陽性となり、急遽開かれた会議で、同じ病院のなかでも、コロナ診療に携わっているか否かでの対立が見えます。

その時、敷島は……。

 

 

<限られた現場の医師たちの個人的努力と矜持>によって、小さいながらも砦として、最前線でコロナと闘ってきた病院信濃山病院は、今や満身創痍。

 

 

どうするのが「正解」だったのかは、いまだわかりません。

しかし、「最善」を選んできたと伝える敷島の言葉に、同じように日本中の「砦」で頑張ってこられた方々を重ねて、心からありがとうハートと伝えたいです。

 

そして、「砦」に守られながら、離れた場所で無事に過ごしてきた自分たちが、今できることをしっかり考え、負の感情のクラスターを発生させるのではなく、少しでも彼らの負担が減るように協力できたらいいなと思います。

クリスマスツリープレゼント

 

 

 

 

本 負の感情は次の負の感情を生み出すだけである。社会のあちこちでくすぶるその感情を野放しにしていれば、互いにただぶつかり合うだけで、立場の異なる人間同士のつながりを断ち切っていくことになるだろう。

 負の感情のクラスターは何も生み出さない。皆が自分の都合だけをわめき続ける世界は、どう考えても事態を改善することはない。