赤目四十八瀧心中未遂  車谷長吉 | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

赤目四十八瀧心中未遂/文藝春秋
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十二年前、私:生島与一は、阪神電車出屋敷駅近くのアパートの一室で、来る日も来る日もモツ肉や鶏肉の串刺しをして、糊口をしのいでいた。何の当てもないのに、自ら望んで東京の広告代理店を辞めてから六年が経っていた。風呂敷荷物一つでやってきた四畳半一間の部屋には、場違いに大きな冷蔵庫しかなく、毎日、届けられる臓物を捌いて焼き鳥の串に刺す単調な日々。併し、そこは、向かいの部屋は入れ墨の彫り師の仕事場で、隣室は、五十を過ぎた辻姫さんたちの共同の仕事部屋と、得体のしれない人々が逼塞しているアパートだった。




長吉は、「チョウキツ」って読むんや。叫び
知らんかった。
ずーっと、「チョウキチ」さんやと思ってました。あせる


直木賞受賞作品。
併し、これ大衆小説なのか。

主人公のダメダメ度は、芥川賞っぽいですけど、純文学かと問われると、微妙かなぁと心もとないです。



昭和五十八年の夏に、再び東京へもどって会社勤めを始めた主人公が語る過去。
併し、タイトルの「心中」から、近松門左衛門風の時代物っぽいお話を勝手に想像していました。あせる



舞台が、アマですからね、関西人の私には、東京の地名の入った物語よりは、近親感がわきます。

と思ったのは、冒頭のみ。
かなりディープで、えっ、えっ、えーーっ叫び 叫び 叫び と、びっくりしまくり。
アマかった。汗

それも、昭和やし。。。
あちゃ、私、リアルタイムで生きてるやん。

併し、こんな世界、考えてもいませんでした。ドクロ汗



生島が、焼き鳥の串刺しの仕事を貰う伊賀屋の女主人:セイ子ねえさんは、元進駐軍相手の売春婦。

生島の向いの部屋を仕事場にしている子(晋平)連れの入れ墨師:彫眉さん。

その彫眉が彫った迦陵頻伽(かりょうびんが)を背中に背負った美人の朝鮮人の愛人:アヤちゃん。



迦陵頻伽とは、極楽浄土に住み、人間の顔を持つ鳥で、美しい声で法を説くと言われる架空の生き物です。

アヤちゃんの背中には、その鳥が蓮の花ロータスと共に描かれています。
貧しい環境で育ったアヤちゃんと、泥の中から生まれる蓮の上の迦陵頻伽。

迦陵頻伽が出てくる小説は、他にも読んだことがありますが、この絶妙な設定に、思わず息をのみました。


そして、アヤちゃんのくすぼりの兄が、組のお金¥に手をつけ、彼女を売り飛ばします。叫び


Vシネマの世界やね。

併し、小説やん。
フィクション、フィクション。

併し、私小説やし。。。



アヤちゃんに、うちを連れて逃げて。と迫られる突ッ転ばしのインテリ:生島。

<ドブ川の泥の粥すすって生きて来た>アヤちゃんと、<時を失うて生きて来た>生島。

そらぁ、アヤちゃんの方が役者が一枚上やな。



大学出の生島が知らなかった「迦陵頻伽」を、ちょっと誇らしげに手帖に書くアヤちゃん。
そのアヤちゃんの書いたひらがなだらけの置手紙を思い出して、泣きそうになりました。

「迦陵頻伽」なんて難しい漢字は書けるのに。。。



そんな二人の束の間の逃避行先が、赤目四十八瀧です。

ここでも、やはり私の予想は裏切られましたす。
生島と同じように、アヤちゃんの決断に呆然目となりました。


 
強いなぁ、アヤちゃん。

痛みを自分の中に折りたたみ、抑え込むその姿は、タフ過ぎる。

なんで戻るねん。むかっ
あほちゃう。むかっ
生島とどこまでも逃げたらええやん。
逃げられへんこと分かってても、逃げたらええやん。

こんな結末、読んでるもんが、辛いやん。涙


併し、「生きててなんぼ」と生に執着していた『白痴』のイッポリートの告白が、ふと浮かんで。。。

あっ。
アヤちゃんは、ヘタレの生島と自分が生きることができる可能性が少しでも高い方を選んだんや。

そうやって、セイ子ねえさんも、生きて来たんやね。


やさしすぎるわ。 

それは、生島とは次元の違うやさしさ。
生きてる世界が違うとやさしさも違うんかな。



セイ子ねえさんもやけど、女は強くて悲しいです。
どうにもしようのない不条理の世の中は、まるで泥の池。
その中で花を咲かせる蓮の花蓮に、彼女たちが重なって見えました。

併し、その泥の中にも、くすぼりの兄ちゃんが、アヤちゃんを見捨てられんかった子供の頃の思い出なんかが沈んでいて、それが、アヤちゃんを蓮の花蓮に育てたんやね。


くすぼりの兄ちゃんにも、ヘタレの生島にも、あんたら、もっとしっかりしてパンチ!と言いたい。

併し、そういう私も、また、生島の側の人間やねん。



エピローグにあたる誰もいなくなったアパートは、セイ子ねえさんや、アヤちゃんからの「二度とこんなとこには戻ってくるな」という生島へのメッセージのように思えました。

併し、もしかしたら、ぜーんぶ生島の妄想だったような気もして。。。



併し、頻出する「併し(しかし)」には、生島の性格がよう出とうとは思うけど、ちょっと使いすぎちゃう?


併し、
疲れた。ガックリ

人間とは、難儀な生き物やなぁ。




本 チンケに負ける豚もある。