- 木のぼり男爵 (白水Uブックス)/白水社
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兄:コジモ・ピオヴァスコ・ディ・ロンドーが、昼食で出された姉:バッティスタの作ったかたつむり料理の数々をすべて拒否したとき、彼は、数か月前にやっと十二歳になったところだった。無理にでも”かたつむり”を食べさせようとする大人たちへの対抗手段として、彼は、庭の樫の木によじ登ることを選んだ。それ以来、コジモは、生涯を木の上で過ごした。木から木を伝い移動し、木の上で眠り、木の上で猟をし、木の上で本を読み、木の上で恋をし、地上へは決して降りてはこなかった。
ずいぶん前からエアー積読本だった
この本。
この本。図書館の新着棚で新装版を見つけ、即お持ち帰りしました。
僥倖。

四歳下の弟:ビアージョによって語られるコジモの生涯は、波瀾万丈、破天荒、奇想天外の面白さ。

恋と冒険のぎっしりと詰まった物語は、ある日、突然に始まった男爵家のおぼっちゃまの奇行から始まります。
ファンタジー?

寓話?

まぁ、そんなことはどうでもよろしい。
とにかく楽しい。

ありえへんから、楽しい。

これぞ、読書の醍醐味。

嘘っぱちだけど、所々に、こっそり真実の毒が潜んでいます。
盗賊:”荒ら草ジャン”が、本の虜になり、次から次にコジモに新しい本を要求し、盗賊としての本分?を忘れ、腑抜けになっちゃったのと、同じくらい夢中
になれます。
になれます。いつの日か、オンブローザ(ジェノヴァ共和国)の侯爵位を得たいと望む父:アルミニオ・ピオヴァスコ・ディ・ロンドー男爵。
かつて、将軍である父と戦場で過ごした経験を持ち、今でも戦場さながらに命令する将軍令嬢(ジェネラレッサ)の母上:コンラディーネ。
トルコで奴隷生活を送っていた父の異母弟である頼りない騎士:エネーア・シルヴィオ・カッレーガ。
兄弟の気弱な老家庭教師:フォーシュラフルール師僧。
侯爵家の若様との醜聞により、在家の尼となった姉上:バッティスタ。
一癖も二癖もある男爵家の人々が繰り広げるエピソードは、なんとも滑稽でヘンテコ。

そして、どこか少し悲しげです。
当のコジモはというと、ちびのダックスフント:オッティモ・マッシモ(=テュルカレ)を連れて狩りをし、果実を栽培し、植木を刈込み、消防団を組織し、哲学を勉強し、海賊と戦い、恋をし、狼を退治し、フリーメイソンにも加わります。
晩年には、
ナポレオンにも会っています。
ナポレオンにも会っています。彼との邂逅は、アレキサンドロスと
ディオゲネースの逸話になぞらえていて、思わず吹き出してしまいました。

ディオゲネースの逸話になぞらえていて、思わず吹き出してしまいました。そして、もしかすると、あのロシア人は、『戦争と平和』のアンドレイ侯爵かも?
ただ、これらも、すべて木の上での出来事です。
その上、ビアージョによると、真偽のほどは、兄:コジモにその責任をおっ被せるという念の入れようです。
十八歳のコジモが、父男爵から剣を授けられたのが、木の上なら、母上の死を看取ったのも、出窓すれすれにある高い枝の上です。
子どもの頃のように、コジモが母の寝台まで飛ばしたシャボン玉
を、息を吹きかけて壊す母上。
を、息を吹きかけて壊す母上。静かで穏やかな家族の情景です。
それが、一つ、母の唇に止まって、こわれずにのこります。
コジモが、シャボン玉の鉢を落とし、母上が亡くなったのが判ります。
このシーンが、とても印象的でした。
そういえば、帆柱の上でコジモが見た叔父:カッレーガの最期も、衝撃的です。
この叔父さんの過去が、また謎なんだな。
死だけではなく恋
も、木の枝にゆわえたブランコから始まります。
も、木の枝にゆわえたブランコから始まります。コジモの永遠の恋人。
美しいけど鼻っ柱の強いお隣のオンダリーヴァ家の
侯爵令嬢(マルケーザ):ヴィオーラ。
侯爵令嬢(マルケーザ):ヴィオーラ。白い子馬を走らせて、果物
泥棒の少年たちの襲撃に付き添い、誰かに見つかりそうになると、首から下げた金色の角笛を吹き鳴らして知らせるおてんば娘。
泥棒の少年たちの襲撃に付き添い、誰かに見つかりそうになると、首から下げた金色の角笛を吹き鳴らして知らせるおてんば娘。別名:シンンフォローザ。
しかし、ほどなく彼女は、叔母様たちによって寄宿舎へ送られてしまいます。

コジモが再びその姿を見るには、彼女が若い寡婦になるまで待たなければなりません。
二十歳そこそこで、お金持ちの七十歳のおじいちゃん:トレマイコ侯爵の三番目の妻となり、一年で未亡人に。
彼女曰く、結婚を望む家族の意向に従わざるを得なくて、それならと<並みいるなかでもいちばん老いぼれの殿方を選んだ>のだと。

そして、好きなことをするために、一刻も早く寡婦に、自由に、なりたいと望んでいたのだと。
計画通り。

いやぁ、正直すぎ
て、身も蓋もありません。
て、身も蓋もありません。そして、彼女は彼女のやり方で、コジモの愛を試そうとします。
『嵐が丘』のキャサリンや、『赤と黒』のマチルドを彷彿とさせるヴィオーラ。
嫌いじゃないです。
それどころか、とっても魅力的。
好きやなぁ。

翻弄されるコジモ。
しかし、どちらも譲らない二人に待ち受ける未来は、当然、別離。
コジモがぼろぼろになったのに対し、ヴィオーラの逞しいことといったら。。。
女は強しでございます。
それでも、彼女の心には、自分が一生住み続けていることに、コジモは、きっと気づいてないんだろうなぁ。
可哀想なコジモ。

可哀想なヴィオーラ。

コジモが、一貫してこだわったのが、木から降りないということと、もう一つ、人びとと共にあったということです。
木の上で、たった一人で暮らしながら、人々と常に繋がっていて、決して独りぼっちではなかったということです。
吊り水道を計画したり、山火事
を防ぐため消防隊をつくったり、狼を退治したり、
葡萄畑に税金
を取り立てにきた徴税吏をみんなでやっつけたり、はたまた広場の木の上で、みんなに体験談を披露したり。
を防ぐため消防隊をつくったり、狼を退治したり、
葡萄畑に税金
を取り立てにきた徴税吏をみんなでやっつけたり、はたまた広場の木の上で、みんなに体験談を披露したり。貴族出身ゆえに、そこには、ノブレス・オブリージュが少なからず含まれてはいたでしょうが、木の上にいることで、見えていたものがあったのだと思います。
それは、海賊の宝物のありかを、貧しい炭焼きの友人たちに教えたり、若き日に、貧しい子供たちの果物泥棒に加担したことにも、繋がっているように思います。
もちろん、最初は、自分の安全や、ヴィオーラに近づくためというような個人的な利益に繋がることから始まったのでしょう。
しかし、彼の眼は、たとえ一緒に果物泥棒をしたとしても、そこには、はっきりと、コジモやヴィオーラらとを隔てる身分という一線が引かれていることに気付いていたはずです。
この作品は、<われわれの祖先>三部作の二作目にあたるそうです。
なるほど、私たちの祖先(サル?)は、もともと樹上で生活していたのだから、あながち不可能ってわけでもないでしょう。
けれども、オンブローザの木々さえも姿を変える今となっては、もはや、私たちには、地に足つけない生活など考えられません。
今、自らを優先させ地上で生きることで、目をつぶってしまったものが、どれほどあることでしょう。
不思議な生涯を送ったコジモ。
ラストは、これ以外考えられないほど彼の生き方にふさわしい終焉でした。
≪コジモ・ピオヴァスコ・ディ・ロンドー――樹上に生きた――つねにこの地を愛した――天にのぼった。≫
団結は人間をいっそう強力にし、個人の裁量の資質を高揚させ、また一人だけでいる時にはまず得ることのできないよろこび――実直、勇敢、有能で、彼らの幸福のためには骨をおってもよいような人たちのおおぜいいることを知るよろこびを与えてくれる(ところが自分勝手に生活していると、しばしば反対のこと――人間のもう一面、いつでも剣の鍔に手をかけていなくてはいられなくなるような面を見せられること――が起きる)