終末のフール  伊坂幸太郎 | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

終末のフール/伊坂 幸太郎

¥1,470

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あと3年で隕石が地球に落ちてきて世界は終わりを告げる。
そのとき、人びとは何を思いどう行動するのか。
仙台郊外の集合住宅「ヒルズタウン」という閉じられた地域で生活する人々の8つの連作短編。



◆「終末のフール」
 父と喧嘩して飛び出した娘・康子は、母・静江の策略で十年ぶりに実家に戻ってくる。

◆「太陽のシール」
 優柔不断の主夫・富士夫とスーパーで働く美咲夫婦にできないと言われていた赤ちゃんが。生むべきか迷う冨士夫。

◆「篭城のビール」
 アナウンサー・杉田家の夕食時に、妹・暁子の復讐のため押入った寅一・辰二兄弟。

◆「冬眠ガール」
 両親の亡くなったマンションで一人暮す美智は、自分に課した目標である父の膨大な蔵書を読み終わり、新たな目標「恋人を見つける」を掲げる。

◆「鋼鉄のウール」
 世界の終末に絶望した両親から逃げるように家を出た僕は、中学時代通っていたボクシングクラブでウェルター級チャンピョン・苗場と会長の練習風景を目にする。

◆「天体のヨール」
 ロープが切れて自殺に失敗した矢部のマンションに、天文オタクの大学時代の友人・二ノ宮からの電話が鳴った。

◆「演劇のオール」
 役者志望を諦めた倫理子は実家にもどり、一人暮らしの早乙女のおばあちゃん、二歳年下の亜美、幼い兄妹・勇也と優希、一郎らの家を巡り、毎日わずかな時間、それぞれの擬似家族を演じていた。

◆「深海のポール」
 妻・華子と幼い娘・未来と暮すレンタルビデオ店の店長・渡部は、火事で焼け出された父親を引き取り暮らしている。父は日がな一日マンションの屋上に上り櫓を組んでいる。終末のその日、押し寄せる洪水に沈む街を見るために。


これらの短編は、8年前に世界の終末が発表されてから、略奪や暴動で死んでしまったり、自ら死を選ぶ人などにより人口は半減し、5年の間にかろうじて治安の小康状態が保たれる状況に落ち着いてきた「ヒルズタウン」に暮す人びとの非日常的な日常を描いています。
8つのタイトルが、すべて韻を踏んでいるのがうまいですね。


「ヒルズタウン」で生き残った住人たちは、草サッカーに興じたり、スーパーやレンタルビデオ店の客と店員という関係だったり、単に顔を見たことあるご近所さんだったり。
一つ一つが独立した作品として、十分通用するのですが、著者お得意のリンクが張りめぐらされ、それぞれの作品で主役を演じた人びとが、他の短編で脇を固めたり、通りがかったりと、縦横無尽に張りめぐらされた人間関係が、長編小説の顔を持ち全体で一つの物語としても楽しめる構成になっています。


人の醜さ美しさ、尊さと、終末ゆえに繰り広げられる人間の営みが、どれもこれも味わいのある作品に仕上がっていますが、私は「演劇のオール」が一番好きかな。
他の短編と比べるとあまあまな感じが否めない作品ですが、人間ってやっぱり一人では暮らせない動物だと思うから。
毎日律儀に、主人のいなくなったイヌの散歩までしている倫理子や、あまりにも都合のよい展開にも、”そんなあほな”とツッコミいれながら、それでも、よいな~ぁとほっこりしてしまいました。
特に、「どっちも正解」という早乙女のおばあちゃんいいなぁ。

  「どうしたら子どものためになるのか一生懸命考えて、決めたなら、それはそれで正しいんだと思うんだよねえ、わたしは。外から見ている人はいろんなこと言えるけどね、考えて決めた人が一番、偉いんだから」

そして、亡くなった両親の「おまえもいつか、誰かを許してあげなさい」の遺言のような言葉が、妹のような亜美ちゃんへと引き継がれるところで思わずウルッとしてしまいました。
その後、この短編の額縁のようにラストに登場する倫理子を役者へと駆り立てたインド出身のカメレオンアクターのテレビ・インタビューには、<インタビュアーがのけぞり、画面のこちら側にわたしものけぞっ>って、読んでる私も同じようにのけぞりました。

あはは、好きやなぁ。
このゆるゆる感。


もちろん、「深海のポール」も本当の家族である渡部の幼い娘への緊急避難的な想い、また生物である人間が”生き残る”ということの残酷さを含んだ尊いとも言える生への執着にも強く胸打たれた作品でした。



  「死に物狂いで生きるのは、権利じゃなくて、義務だ」