ランドマーク  吉田修一 | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

吉田 修一
ランドマーク


大宮駅前に地上35階建てのスパイラルビルが建設されようとしている。フロアが上に行くほど少しずつずらして積み重ねた本のような形ををしている「O-miyaスパイラル」。
このビルの設計に携わる犬飼は、東京のデザイナーズマンションに妻の紀子を残し、単身赴任のホテル暮らし。若い愛人・菜穂子の許に通っている。一方、建設に従事する鉄筋工・隼人は2段ベッドの2つある寮の一部屋を、同僚と3人でシェアしている。東北地方出身者で占める下請け建設会社で、金属製の男性用貞操帯をつける隼人だけがひとり九州出身者。彼はある日、建設中の10Fのフロアに貞操帯の鍵を落としたことで、各フロアのコンクリートの中へひとつづつ鍵を埋めることを思いつく。スパイラルビルに関わる以外は全く共通点のない二人の男はビルの周りを衛星のようにまわりながら…。



積み重ねられた不安定な形をしたビルは、本来の姿に戻ろうとあえぐ人間たちにもにて現代の歪みを象徴しています。
二人の男を結びつけるものは、建設中のスパイラルビルのみ。
共通点といえば、どちらも母親に育てられたことくらいです。

びっくりしたのは、貞操帯。
十字軍の時代のお話に聞いたことはあっても、現代のそれも男性用なんてげっ、げっ?!でした。
寮住まいで、同じ部屋をシェアしてる人もいて、お風呂も共同なのに、誰一人として気づく者もいないなんて、いくら都市が無関心で個人主義だとしても主人公以上にびっくりです。
数日で誰かにバレて大笑いして「はいお終い!」を期待していた隼人が、こずえにプロポーズしたくなるのも解る気がします。
人って自分以外の誰かに関心を持って見つめていてほしいもの。

何度も何度もでてくる「ダイエー」「マクドナルド」「びっくりドンキー」「デニーズ」「不二家」…などの入ったことがなくても、ありありと思い浮かべることができる内装。
マンションのコンクリートの打ちっぱなしの壁に、フェイクファーを張る妻。
こずえの働く駅前の中華料理店の「ピロリロリン、ピロリロリン」と鳴るチャイム。
ネットで予約できるコールガール&ボーイ。
どれもこれも、なんだかうすっぺらなベニヤ板でできたお芝居の書割みたいに、日本の貧しさが露呈されていて中途半端に虚しいです。


自らの設計に落ち度があって、建物を補強する必要があると気づいたニューヨークの建築家の話がでてきますが、果たして彼のように気づいた歪みを直すべく誠実な対応ができる人が何人いるのでしょうか。
気づきながらも、いろいろなしがらみや、自らの保身やらでどうしようもなく捨て置くしかできないことって世の中にはたくさんあると思います。
そんな危険なものごとと隣り合わせでいることも知らず、ノーテンキに生きている恐さをふっと感じました。
まぁ、いちいち気にしてたら神経磨り減っちゃうのでしょうけど。
この先、犬飼は歪みを見つけるのだろうか。
そして、見つけた歪みを正す決断ができるのだろうか。




「与えられた場所に満足できないのが人間の本性だろうか。それとも与えられた場所に、愚痴をこぼしながらも満足してしまうのが人間の本性なのだろうか。満足できないから生きていくのか。それとも、満足してしまうから生きられるのか。」




ふく > 青子さん、こんばんは。吉田修一は最近注目している作家ですが、この作品は大宮が舞台ということで特に気になってます。大宮は高校、大学の帰路によく立ち寄っていた、なじみの深い街なので。書評サイトなどであらすじを見てみても、話の内容が全くつかめないところもより興味をひかれます。 (2005/01/31 19:54)
たばぞう > 村上龍が「倒壊の陰にある希望、裏切りと同意語の救済。閉塞する共存と解放、虚構に身を隠す現実。」と絶賛したそうなんですが。「虚構に身を隠す現実」ってのはわかるけれど、「倒壊の陰にある希望」というのがわからないんです。
設計士のことなのか、キューシューのことなのか・・・。ふにゃらら~。 (2005/01/31 21:18)
あしか > 青子さん。早速ですね。すごく正統派「ランドマーク評」だなあと感心いたしました。うすっぺらな現代を、裏側も表側どっちも、時には風刺であったり自虐的であったりというのが吉田修一的な都会の描写だなあと思うのです。結構な重さのおもりをしょってるくせに気付いてない若者が軽そうに生きてたり・・・。「東京湾景」もいいです。純文学ばりばりの「長崎乱楽坂」も。二つは、対極と言ってもよいかもしれないですけど、もし、もしもですが、興味を持たれたらお試しくださいますなら、勝手に吉田修一普及委員会としては、大変うれしいです。そして、徐々に徐々に・・・じっくりはまったりします・・・。 (2005/01/31 21:23)
あしか > あ、たばぞうさんが、久しぶりですね。シツレイイタシマシタ。 (2005/01/31 21:24)
青子 > みなさん、レスありがとうございます。

ふくさん>実際の大宮駅前をご存知なんですね。やはり地元が舞台の作品は気になりますよね。私はこの作者の本は2冊目なのですが、粗筋とか書くのはちょっと難しいです。劇的なストーリーってわけでもなく、描かれているのは日常で、リアルといえばいえないこともないのですが...主役の二人は遇ってるんだけど、会ってないみたいな、不思議な関係です。興味をお持ちなら読まれた方が手っ取り早いかと思います。すぐ読めちゃいますよ。吉田修一普及委員会会長も大喜びされると思いますし。(^。^)v

たばぞうさん>このコピーは帯びにあったやつですね。うーん、難しいですね。心理的に言えばキューシューみたいだけど、犬飼さんが万が一歪みを見つけたとき、ニューヨークの建築家のようであってほしいという希望的観測?かなぁ。

あしかさん>お薦めの作品読ませていただきましたよ。正統派書評ですか?私自身、都会人ではないけど、かといって田舎もんとも思っていないのが正直なところなんですが、犬飼のマンションよりもこずえの実家のほうがしっくりくるようです。ってやっぱり田舎もんなのかも。次のお薦めも図書館で探して見ます。 (2005/02/01 12:51)