九つの物語   J・D・サリンジャー | 青子の本棚

青子の本棚

「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

九つの物語 (集英社文庫)/サリンジャー

¥500

Amazon.co.jp




新訳本です。
今回は、「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」でサリンジャーの従軍体験によるPTSDのことを知った後の読書ということで、新訳であるということよりも、そちらの方の影響を受けた感想を持ちました。
「ロング・グッドバイ」でも感じたのですが、戦争が人間に与える傷あとに今さらながらに胸が痛みます。




◆「バナナフィッシュに最適の日」
シーモアってこんなに唐突に死んでしまったっけ?
私がシビルなら、太ってしまったバナナフィッシュには、今ならさしずめ「ビリーズブートキャンプ」を勧めるのにと思っていたけれど、病んだシーモアには、”ブートキャンプ”という言葉自体が引き金を引く行為を誘発させるかもしれません。



◆「コネチカットのよろめき叔父さん」
戦争がなかったら、幸せな結婚をしていたとは限らないのだけれど、そういう思いに縛られて生き続けるエロイーズと二人目の幻のボーイフレンドを連れて帰る彼女の娘・ラモナ。
どうも、どちらも幸せには遠いのかもしれません。



◆「対エスキモー戦まぢか」
”ポケットのなかのサンドイッチ”?
アメリカの作家の短編で、同じようなシチュエーションを読んだ記憶があるのだけれど、思い出せません。
記憶違いかなぁ。
”ポケットの中のサンドイッチ”、”屑篭の中に見つけたひよこの死骸”
どちらも想像するだけで、わー、ヤダ!!と思うのだけれど、ジニーの心の変化に好感を持てるので、私もきっと捨てられないタイプだと思う。
彼女の微妙な心の変化がサリンジャーのやさしさなんだと思います。
やっぱり、この人すごい作家だ。



◆「笑い男」
団長が話す「笑い男」の話は子どもたちと共にドキドキしながら読みました。
これは、日本の紙芝居を待つ子どもの心境ににているかも。
なかでも団長の恋の終わりとともにオーバーラップする”笑い男”の死の情景は格別。
「笑い男」の話を一生懸命聞いていた子どもだったぼくを描きながら、その背景にある団長の恋の終わりが象徴する世間のさまざまな理不尽さを読者に連想させるという作者の得意な手法がここでも使われています。
そして、どこかスマートな構成に満足を感じさせてくれます。



◆「小舟のところで」
日本人はユダヤ人の社会的位置を理解するのが苦手であるとよく言われますが、この作品でもそういう微妙な問題が、私の読解力で果たして十分に理解できているのかと問われると疑問です。
しかし、ここでも”ライオネルの悲しみ”の後ろにあるどこか理不尽な世間が存在していることを私たちに示してくれます。
そのために、作者にとって子どもたちの登場はなくてはならない役割をはたしていると思います。



◆「エズメのために――愛と惨めさをこめて」
今回の再読で一番の発見?はコレ。
恥ずかしながら、まったく記憶に残っていなかった物語です。
「バナナフィッシュ~」と対になっているような作品なのに。
Xはシーモアの結末とは正反対の別バージョン、言わばもう一人のシーモアのようです。
聡明な少女・エズメは、父の形見の”腕時計”を送ることで、シビルが成し遂げなかったXを救うことができたと思いたいです。



◆「愛らしき口もと目はみどり」
夜中の電話。灰色の髪の男・リーの家に、数時間前に別れたアーサーから妻・ジョニーが行方不明だと電話がある。ベッドで電話を受けるリーの横には。。。
”大人の嘘” = ”プライド” がみごとに描かれています。
やっぱり、ちょっとせつないけど。



◆「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」
画才のあるわたしに与えられた職場は、胡散臭い<長老巨匠の友>なるモントリオールの美術通信学校。
わたしは、19歳でもはや子どもとは言い難いけれど、大人とも言えずという年齢で、母は亡くなり、義父には新しい恋人がという微妙な環境。
これは「ライ麦畑でつかまえて」のホールディンのように、青年特有の世界の中心は自分であり、かと思うと気弱な言い訳を並べたり。
でも、そんなところが同じような若者たちに受けるんですよねぇ。



◆「テディー」
こちらも、「エズメ~」とは違う意味で「バナナフィッシュ~」と相対している作品だと思います。
天才少年?テディーの中には、既にシーモアと同じ問題が巣くっているのが判ります。
シーモアで始まり、テディーで終わる。
この最後の作品で九つの短編集が綺麗にまとめられたという感じです。


シーモア = テディー = サリンジャー 

都会のアッパーミドルを描いたこれらの作品には、そこここにサリンジャーが見え隠れして、なんだか、せつないなぁ。
でも、そのせつなさが、読者にはたまらないのかも。



 
なぎ > 青子さん、こんばんは。実は『ナイン・ストーリーズ』って初めて読んだとき高校生でちんぷんかんぷんだったんです。大学生で読み直して、やっぱり「う~ん」って感じで、その後またトライして、なんとなく切なさが伝わってきて、でもやっぱり流れていく感じが否めなくて…私の中ではずっと気になる1冊なのです。新訳という言葉にもひかれるし、青子さんの感想を参考にまた読んでみることに、今決めました! (2007/09/25 21:00)
青子 > なぎさん、こんばんは。厳密には新訳ではないかもしれません。私は、野崎訳の文庫を持っているのですが、他にもいろんな人が訳しているみたいです。
ちょっとした日常が切り取られた作品なんですが、その後ろになんだか理不尽な世の中が覗いていて……、というのは深読みのでしょうか? 「バナナフィッシュに最適の日」が大好きだったのですが、今回の読書では、「対エスキモー戦まぢか」と「愛らしき口もと目はみどり」がよかったです。
なぎさんの感想楽しみにしていますね♪ (2007/09/25 23:20)