「平成の歌舞伎界」を代表する俳優の一人として活躍、舞踊の名手

   でもあり、真に迫る演技と愛嬌のある華やかさで我々を楽しませて

   くれた「十八世中村勘三郎さん」の十三回忌にあたり「歌舞伎座」

   で「追善興行・猿若祭二月大歌舞伎」が開催されました。

   今日は「昼の部 『近松半二作 新版歌祭文 野崎村』『河竹黙阿弥作

   釣女』『三世河竹新七作 籠釣瓶花街酔醒 四幕七場、序幕 吉原仲之

   町見染の場より 大詰 立花屋二階の場まで』」を拝見いたします。

 

   『近松半二作 新版歌祭文 野崎村』

   大坂で起きた心中事件を素材にした「紀海音 お染久松袂の白絞り」

   「菅専助 染模様妹背門松」などの先行作品を踏まえて「近松半二」

   が書き上げ、安永9年(1780)「大坂竹本座」で人形浄瑠璃と

   して初演され、大当たりし、天明5年(1785)には「歌舞伎」

   で上演され、今では 通称「野崎村」と知られる場面が 単独で上演

   を重ねているとか。

 

   武士の家に生まれた「久松」は、訳あって実家が断絶となり「大坂

   河内国野崎村 百姓・久作」の養子となって育てられ、「油屋」に

   奉公に出るが、大金を紛失したと云う咎で「久作」の許に戻されて

   暮らすうちに「娘・お光」と祝言を挙げる事となりました。

 

   「お光」が婚礼の膳に供する膾の大根を刻んでおりますが、時々手

   を止めて手鏡を取り出し、自分の新妻姿を想像しては嬉しそうにし

   ております。

   そこに「久松」の奉公先であった「大坂瓦屋橋・質屋 油屋」の 娘

   「お染」が「野崎詣」にかこつけて、盗みの嫌疑がかかり「久作」

   の家に戻された、「油屋」では恋仲の「久松」を訪ねて参ります。 

   (「お光:中村鶴松、お染:中村児太郎」)

   家の様子を覗き込む「お染」に気が付いた「お光」は動揺し、家の

   中には入れようと致しません。

 

   家の奥から「久作」と「久松」が現れます。

   縁先に座り込んだ「久作」の肩を揉む「久松」、膝にお灸を据える

   「お光」でありますが・・・「久松」が「お染」に気が付いたのを

   みて、一層嫉妬した「お光」は「久松」と喧嘩を始めてしまいます。

   仲裁に入った「久作」も「お染」を見て、二人の恋仲を察し、婚礼

   の支度をせねばなと「お光」を奥に連れて行きます。

   (「久松:中村七之助、久作:坂東彌十郎」)

 

   「お染と久松」は二人きりになって・・・「久松」が「油屋」を去

   る時に残した「自分とは縁がなかったと思い、裕福な家に嫁ぐよう

   勧める書置き」への恨み言や自分の恋心を切々と訴える「お染」に

   「久松」が「母や油屋の為を思って嫁ぐ事方が良い」と諭しますと、

   「お染」は剃刀を取り出して自害をしようと致します。

   「久松」は「お染」の頑なな思いと覚悟を知って、それ迄の思いで

   あれば共に死のうと 心中をすると決心をする事に。

 

   ここへ再び姿を現した「久作」が二人を諫めますと・・・「久松と

   お染」が「相分かりました。 二人の縁を切る 決心を致しました」

         と 言いますので「そうか、分かって呉れたか。 それでは 祝言を

   始めましょう」と「お光」を奥から呼び寄せます。

 

   三人の前に「綿帽子・花嫁姿のお光」が姿を見せます。

   「久作」が「綿帽子」を取ると・・・「お光」は髪を下ろし、尼の

   姿になっております。

   驚く一同に「お光」は「二人が別れると言うは偽り、共に死ぬ覚悟

   でございましょう。 私が尼になって身を引きます」と伝えます。

   「お光」の決心を知った「久作」は自分の愚鈍さを嘆き、皆、涙に

   呉れるのでありました。

   「お染と久松」は互いに「死なねばならぬのは自分の方だ」と言い

   愁嘆場が繰り広げられたところに「油屋・後家 お常」が現れます。

   (「お常:中村東蔵」)

 

   娘の「お染」を追って「野崎村」まで参りました「お常」は、この

   様子を見て・・・「これは病床に臥すお光の母への見舞いでござい

   ます」と言って「金」を渡します。

   この「金」は、「久松」が紛失をしたと疑われたものを「久作」が

   工面し立て替えて渡した金のようです。

   また「久松」の身の潔白を知る「お常」は、「久松」が「油屋」に

   戻る事を許したうえで、「お染」と共に連れ戻りたいと願います。

   「お染と久松」は、二人一緒に「油屋」に戻る事に心を決めますが、

   世間の目を憚って「お常とお染」は舟で、「久松」は駕籠でと別々

   に「大坂」に帰る事になります。

 

   それぞれ「舟と駕籠」に乗り込んだ「お染と久松」は、それを見送

   る「久作とお光」の姿を見て、二人の真心に 感じ入り 詫びながら

   去って行きます。

   次第に遠ざかる一行を見送る「お光」でしたが、覚悟を極めてなお

   恋しい「久松」との別れは堪え難く「久作」に縋りついて泣き伏す

   のでありました。

 

   ここで「35分」の休憩が入ります。