移動のコスト~日本のフェリー~ | シンガポール通信

シンガポール通信

Uniquely Singapore
with Global View

前回、シンガポールのフェリーについて触れたのですが、たまたま6月1日付の日本経済新聞社会面に、誌面の半分を使った

「1000円高速 フェリーに打撃」~旅客奪われ廃業・減便~ 

という記事がありました。
見出しを見て、まあそりゃそうなるだろうなあと思って読んだ記事は、

「景気対策として始まった高速道路の「休日千円乗り放題」の波紋が広がっている。フェリーは約40航路が影響を受け、廃業や減便に追い込まれた会社も。鉄道や高速バスも客を奪われ苦戦している。政府はお盆や年末年始の平日にも割引を行う検討を進めているが、地球温暖化など環境への悪影響を懸念する声が専門家から上がっている。」

という書き出しで始まっていました。
(尚、この記事で述べている「フェリー」というのは内容からして所謂「カー・フェリー」のようです)

新聞、TV、雑誌、等々 いかなるメディアにおいても「記事(ニュース)」を伝える際に、何がしかの意図を込めずに事実のみを伝えるという事は、(事実の捉え方次第で同じ事象でも違って見えますし、まず載せる記事を選ぶ段階で「意図」は働いていますので)そもそも不可能なのでしょうが、この記事は一体何を伝えたいのか何度読んでも意味不明で、そういった意味で逆に面白かったのでご紹介しておきます。
まず、
「1000円高速 フェリーに打撃」~旅客奪われ廃業・減便~ 
という、記事の見出し自体は、確かに事実の伝達だと思います。

記事は、上記の書き出しに始まって、「1000円高速」が始まってからのフェリー業界での利用者の落ち込み度合いを紹介し、それがいかに深刻かを伝え、更に鉄道やバス業界でも同様に利用者落ち込みの影響を受けていることを紹介しています。
で、主な長距離フェリーの対応策として、
新日本海フェリー(舞鶴-小樽など)、太平洋フェリー(名古屋-仙台-苫小牧)、商船三井フェリー(大洗-苫小牧など)、オーシャントランス(東京-徳島-北九州)、阪九フェリー(泉大津-新門司など)、関西汽船(大阪-別府など)
の6社の対応策を紹介し、サブタイトルとして、

値下げで対応、限界も

と記しています。
まあ、こういうふうに要約すると、これも確かに事実の伝達の範囲内かと思うのですが、問題は次の二つのサブタイトルが黒抜き文字で記されていたことです。即ち、

国の支援、不十分
専門家「温暖化防止に逆行」


の二点です。
多分これが、この記事の「意図」なのかと思うのですが、前者は、早い話、フェリー業界に国が「支援」しなさい、という主張なのでしょうか?
記事本文に「国は臨時支給の交付金での事業者支援を自治体に提案するが、191種類ある交付金の使途の一つにすぎず、どこまで支援が及ぶかは不透明。あるフェリー会社幹部は「同じ民間なのに高速道には国が5千億円つぎ込んだ。かなうわけがない」とあきらめ顔だ。」
という件がありますので、多分そうだと思うのですが・・・・・絶句!

日本を代表する(はずの)メディアが、このような何の問題意識も考察もない「無邪気」(というか、むしろ「邪気?」)とさえ言える「主張」をする事に、ただただ頭を抱えてしまいました。

尤も、二番目の主張は、一見唐突で論理的な破綻を来たしているかのように思えるのですが、部分的には分らなくもありません。記事中に、(高速道路の自家用車利用が増えることに)「環境の観点から警鐘を鳴らす専門家もいる」として、「自家用車の二酸化炭素排出量は乗車一人当たり鉄道の約9倍。各国が温暖化防止のためCO2削減に取り組んでいるのに、流れに逆行する」という件がありました。
つまり、人の移動に当たっては、自家用車のような個人的な移動手段よりも、Mass Transitのような公共移動手段の方が、環境的には効率的であるので、皆、公共交通機関を利用し、個人的な移動手段の利用は控えるように、という主張なのでしょうか?
(「ほうほう、それで?」&「その事と自動車を運ぶフェリー会社を支援しろというロジックとはどう繋がるの?」)

確かに、人や物が移動するという事自体が環境に負荷をかけることは明白でしょうし、もっというと、(移動することに関係なく)ただ単に人類が増える(繁栄する)という事だけでも、それ自体が環境に負荷をかけます。
とは言え、人類が経済活動を行うという事は、人、物、金、情報の「Traffic(移動)」と不可分の話であって、所詮、人類の存在自体と地球環境への負荷とには宿命的な矛盾があるということかもしれません。

この間から、「移動のコスト」というテーマでいろいろお伝えしているのですが、それは単に「移動」という事象をコストと効率、合理性という側面で捉えているだけのもので、「移動」そのものの是非の話ではありません。(そもそも是非でくくれる話ではないので)
まあ、「出来ることなら」人類皆じっとしているのが一番なんでしょうかね。

「寝るは極楽、金いらず。浮世の馬鹿が起きて働く」という昔の人の声が聞こえてきます。