「スカイ・ハイ!~翔る円谷英二~」【シーズン2】⑪
それは、新作SF特撮映画の企画が本格的に動き出した矢先のことだった。本社から私(田中友幸)のもとに、突然、実に厄介なお達しが届いた。
「新東宝から古巣の東宝に移籍してきた藤田進に、大役をあててやってくれ」
要請を聞いた瞬間、私は思わず頭を抱えた。
藤田進といえば、あの黒澤明のデビュー作『姿三四郎』(1943年)で主役を張り、戦前・戦中を支えた東宝の大看板だ。存在感と威厳は文句なしに圧倒的。けれども、しかし、だ。……正直に言って、芝居はお世辞にも上手いとは言えない。セリフ回しも独特の硬さがあって、おろそかには扱えない大物であると同時に、使いどころが極めて難しい役者だった。


「さあ、どうしたものか……」、と困り果てた私は、退社後いつもの祖師ヶ谷大蔵駅前の居酒屋に木村武を呼び出し、コップ酒を煽りながらこの難題をぶちまけた。
「木村、……ちょっと弱ったよ。本社から藤田進をメインで使えって言われちゃってよ。あの圧倒的な体躯と眼力は喉から手が出るほど欲しいんだ。だけど、ほら……あの硬いセリフ回しだろ?…… SF映画の緻密な世界観の中で、あの芝居をどう扱えばいいか、見当もつかないんだよ」
私の泣き言を聞いた木村は、手元の焼き鳥を口に運びながら、勝ち誇ったようにニヤリとした。
「へへへ……田中、何を贅沢な悩みを言ってんだよ。藤田進だぞ? あの歩くだけで昭和の頑固親父が服を着て歩いているような男をだな、普通に喋らせようとするから無理が出るんだ」
木村はコップの酒をぐいと飲み干し、机をトントンと指で叩いた。
「………ああいった無骨を売りにする戦前の男らしさの塊は、時代錯誤の国士がちょうどいい」そう言って、木村は呵呵大笑いした。
「国士、だって?」
「そうさ。川内某(=川内康範)みたいな野郎さ。周囲がいくら冷ややかに見ようが、『地球が危ない!』と大声で本気で怒鳴れる男だよ。器用な二枚目役者がインテリぶって地球の危機を語ったって、観客の胸には響かない。でも、藤田さんが太い声を張り上げて地球を憂いてみせたらどうだ? セリフが多少ぎこちなくたって、逆にそれが『不器用な男の、命がけの叫び』に化ける。芝居の拙さを隠すんじゃない、むしろ剥き出しの情熱として武器にするんだよ」
木村のこの逆転の発想に、私の胸の仕えはすっと消え去った。混迷する企画に、一筋の強烈な光が差し込んだ瞬間だった。
「なるほど……それならいけるなぁっ! 役どころは、世界人類軍を率いる指揮官だ」
「うん、いい。彼に、国境なんていうちっぽけな枠組みを叩き壊すようなセリフを吐かせるんだ」

こうして、東宝SF映画に無くてはならない強烈なキャラクターが、居酒屋の片隅で産声をあげた。藤田さんの件が解決すると、私は一気に主役陣のキャスティングを進めた。今回、主役の男女2ペアには、東宝特撮をこれまで共に支えてきてくれた最良の布陣を敷くことにした。
一組目は『ゴジラ』の平田昭彦と河内桃子。そして二組目は『ラドン』の佐原健二と白川由美だ。東宝が誇る若手美男美女の豪華な2大ペアが揃い踏みすることになったわけだが、嬉しかったのは、この4人ともが特撮というジャンルをとても好いていてくれていたことだ。未知の恐怖に立ち向かう人間の気高さを、彼らなら迷いなく演じきってくれる。その確信があった。実は、宝田明にもオファーを出してはいた。しかし、彼は今回は消極的に辞退してきた。彼なりに確立したい、これからの自分の俳優像というイメージがしっかり頭の中にあるのだろう。それは役者として当然のこだわりだ。私は特に気に留めることもなく、「いいさ、また次の機会に声をかけて、乗ってきたら押し出してやろう」と彼の意思を尊重することにした。俳優は、こだわりがあって良い、と関西大学演劇集団で学んだことがここで顔を出した。映画を作るのは、いつだってその作品に最高の熱量を持って応えてくれる者たちで固めるのが、何よりの成功の秘訣だから。

いざ本読み(=脚本読みあわせ)が始まると、藤田さんのセリフ回しは私の予想通り相変わらず固く、融通の利かない頑固そうな佇まいだった。この俳優には進化や成長を期待してはならない。デビュー時に既に完成していて、あとは使い手の演出家が、どう料理するかだ。ただそのことだけにあ藤田進の活かし方、利用価値がある。しかし、木村の狙いは完璧に当たった。平田たち若手陣のスマートな芝居と対比されることで、藤田さんの無骨さがかえって「周囲に何を言われても、地球を守るために自説を曲げない孤高の指揮官」としての凄まじいリアリティを醸し出し始めたのだ。黒澤映画の主役を張った藤田進の圧倒的な眼力が、木村の書いた熱いセリフと噛み合った瞬間、現場の空気がピリリと引き締まった。

しかし、一難去ってまた一難。本社の難題をクリアし、最高のキャストを揃えた私を待っていたのは、古巣の東宝撮影所で新たな壁にぶつかっていた円谷英二の姿だった。
「トモユキさん、………と言うより今日は、田中プロデューサーさん、にしとく。あのさぁ、宇宙の広がりがまったく上手く表現しきれないんだよ、困った困った」
円谷組の現場は、未だかつてない試練に直面していた。今回の目玉は、宇宙から襲来するミステリアンの攻撃型UFO、地球侵略拠点の巨大ドーム、対して空中を自在に舞う地球側の飛行戦艦だ。だが、これまでにない未来的なデザインをミニチュアでどう再現するか、そして光線や爆発エフェクトを彩る「光学合成」をどう進化させるか、課題は山積みだった。
「もっとこう、画面の奥から手前に向かって、光線が空間を引き裂くように走らせなきゃダメんだ……生命を吹き込まなけりゃ」
円谷はそう言うと、自ら合成用のフィルムをルーペでのぞき込み、徹夜の試行錯誤を繰り返していた。本社の予算管理は相変わらず厳しく、「そんなに予算は出せないんだ、悪いんだが」
とチクチク刺してくるが、取り結ぶ私を介して円谷の態度はどこ吹く風。ミニチュアの配置にミリ単位でこだわり、少しでも納得がいかなければ、容赦なく「もう一回作り直し!」と声を飛ばす。彼の辞書に「妥協」の文字はなかった。
一方で、本編を統括する監督の本多猪四郎もまた、別の苦悩と戦っていた。「特撮がどれだけ凄くても、人間の心が動かなければ映画は死んでしまう」、それが本多の強い信念だった。怪獣や宇宙人が大暴れする映画だからこそ、それに対峙する人間たちのドラマに嘘があってはならない。侵略者の圧倒的な恐怖を前にした時、人々はどう動くのか。そして、国家の壁を越えて人類が一つに連帯していくプロセスを、どうすれば観客に信じさせられるか。本多は木村武の脚本を何度も読み返し、俳優陣の生きた感情を引き出すためにセリフを磨き上げていった。撮影前、本多は藤田さんのもとへ歩み寄り、静かに語りかけた。
「藤田さん、この江本という指揮官は、誰よりも地球を愛しているんです。だから、あなたのその太い声で、ただ真っ直ぐに思いをぶつけてください。型通りの小綺麗な芝居なんていりません」
その言葉に、藤田さんの目がすっと据わったのを私は見逃さなかった。そして、ついにクランクインの日が訪れた。東宝砧撮影所には、巨大な地球軍の司令部セットが組まれ、独特の熱気が満ちていた。スタジオのライトが点灯し、本多監督の「本番、スタート!」の声が響く。カメラが回った瞬間、藤田さんが吠えた。
「地球の危機を前にして、国境などと言っている場合か!」
セリフ回しは決して器用ではない。しかし、スタジオの空気を震わせるほどの魂の咆哮に、周りの若い役者たちが一瞬圧倒され、息を呑むのが分かった。藤田進という役者の持つ「無骨な男らしさ」が、見事に画面の中で結晶化した瞬間だった。本編の熱さに負けじと、特撮班も狂気とも言える執念を見せていた。一本の光線、一枚の背景画にすべてを賭けるスタッフたち。火薬の煙が立ち込めるステージの中で、誰も見たことのない最高の映像を作ろうとする全員の想いが、現場を一つの巨大な生き物のように結びつけていく。その凄まじい熱気の中で、私は「これはとんでもない作品になるに違いない」
という確かな手応えを感じていた。撮影が佳境を迎える頃、この作品の正式なタイトルが決定する。当初の『世界人類対宇宙人』から、より力強く、観客の胸に突き刺さる名が与えられた。『地球防衛軍』。東宝初のカラー、そしてワイド画面の「シネマスコープ」で挑む本格SF超大作がいよいよ動き出す。木村の研ぎ澄まされた脚本、円谷の執念が生んだ特撮、本多の人間味あふれる演出、そして藤田の怪演が、一本のフィルムへと紡がれていく。東宝特撮の未来を、いや、日本映画の未来を占う大勝負の幕が、いま鮮烈に上がろうとしていた。
(つづく)

