【『ガンニバル』に視るジャパニーズ・フォークロアの沸騰臨界点】





ディズニーがこの「闇」を配信したということ自体、ある種の事件と言っていい。

ドラマ『ガンニバル』の舞台は、外界を拒絶するように佇む閉鎖的な限界村落・供花村(くげむら)。前任の駐在が謎の失踪を遂げ、後任として左遷されてきた警官・阿川大悟(柳楽優弥)を待っていたのは、異様に排他的かつ秘密めいた行動をとる村民たち。それを束ねる村長。赴任早々、発生した凄惨な「熊による人間食害事故」だった。





この設定だけで、観るものたちの空想は、湿り気を帯びて広がり始める。

前知識なしの初見時、導入部からかつて少年期の私を震え上がらせた横溝正史ワールドの再燃か、と期待せずにはいられなかった。『犬神家の一族』や『悪魔が来りて笛を吹く』。あるいは横溝以外でも『犬神の悪霊』『丑三つの村』『死国』といった、じっとりと肌に張り付くようなジャパニーズ・フォークロア(=折口信夫から柳田國男に至る民族学)の系譜。その直系ともいえる「食人(カニバリズム)」という闇の因習が、本作の核に据えられているからだ。





特筆すべきは、主演・柳楽優弥の圧倒的な適役ぶりである。彼が演じる阿川は、正義感ゆえにキレやすく、物語が進むにつれて異常なまでの狂気に染まっていく。その姿は、かつて松田優作が『野獣死すべし』で体現した、あの氷のように冷たく鋭い狂気に重なる。制作者がどこまで意識したかは不明だが、物語の深化とともに柳楽が見せる「眼」の魅力には、抗いがたい力がある。もちろん、セリフ回しにおいて、まだ役を完全に自己同化しきれていない「若さ」を感じる瞬間はあるかもしれない。あの優作が、スタッフと衝突してまでシナリオに食らいついたという逸話に並ぶには、さらなる気迫が求められるだろう。






しかし、カメラの向こう側で見せる柳楽優弥の「眼」の輝きには、それを補って余りあるポテンシャルが宿っている。現場を離れた彼がどのような人間性を携えているのか、そんな想像さえも掻き立てられる。

作品の衝撃は、物語の中盤で頂点に達する。すべての鍵を握る「あのひと」がその姿を現した瞬間だ。それまでの精緻なミステリーは一変し、物語は一気にモンスターホラーへとクォンタムリープ(量子的跳躍)を遂げる……




ガンニバル』、それは単なるスリラーではない。我々の足元に今も口を開けている、古くて新しい「闇」の深淵を覗き見る体験なのだ。