「俺と山嵐には、一銭五厘が祟った。仕舞いには、学校に出て、一銭五厘を見るのが苦になった。」
坊っちゃんは、赴任早々教師部屋で席を隣にする数学担当の“山嵐”堀田と波長が合った。友情の固めに堀田からカキ氷のもてなしを受ける。
が、後日自分を窮地に追い込む例の「イナゴ」事件の首魁を堀田と誤解してしまう。
学生達を焚き付けて散々な目に遭わせた仇敵に、坊っちゃんは奢られた一銭五厘を叩きつける。事情を飲み込めぬ風情の堀田。彼もまたいちいち理由など質さない。そんな金受けられんと拒絶する。
気性の激しい江戸っ子と、強情一途の会津っぽの意地の衝突。並べた二人の机の境界に、いつまでも一銭五厘が居座る。坊っちゃんの気詰まりは日に日に増して行く………
この作品の前半の山場だ。
これもよく研究評論されることが多い、徳川直参と会津藩士のそれぞれの子孫が、戊辰戦争を敗れた者同士の情誼回復を彷彿させるアナロジー。
対する教頭一派が、勝てば漢軍・維新政府を象徴し、結局旧幕勢力の復権ならずの哀しき抵抗を坊っちゃん&山嵐に依托させるという構図。そして、………歴史を覆すようなことは遂には起こらない。物語の最期で二人は虚しく松山から逃げるように去っていく。
漱石先生の真意は計りようがない。
果たして、講談調に幕府忠臣蔵を描きたかったかどうかは、好きなヤツが勝手に想像してりゃいい。
「坊っちゃん」・健蔵の後日譚を僕は、ずっと昔書き繋いだことがある。
それはこんなだ。
「続・坊っちゃん」
街鉄技師に職を得た健蔵は、清を看取って菩提寺に埋葬した後、労働運動にのめり込み過ぎて再び職を追われることになる。
風の便りに堀田が会津中学教師を返上し、大陸に渡ったと聞く。手紙を健蔵は書くが、全て戻ってきてしまう。
新しい職を得るため、健蔵はかつての物理学校恩師を訪ね、研究室で後藤新平が手懸けている満州の大陸鉄道敷設の話に引き込まれる。
教授から半ば強引に後藤新平宛の紹介状をもぎ取り、横浜から福岡経由で釜山行きの貨物船に乗り込んだ…………
痛快快男児ドラマ仕立てで書いたが、どのコンクールに出してもカスリもしなかった。
甘粕だの満映だのマタ・ハリだのベラスコだの登場させ、2つ目の大戦で健蔵をシベリア抑留者に追い込み、最後は新幹線プロジェクトのチーフにして終わらせた。
いつか、ここで再現してみるか。
さて、阿蘇に派遣されて厳しい冬を迎えることになった僕の話は、次の回で喋らせてもらうね……………(続く)


