『 氷晶の女 (後篇)』

頭上からきらめく氷の破片がダイヤモンドのように降り注ぐ中、令央はアリョーシャが差し出した手を見つめていた。その手は、冷え切った地上とは対照的に、地熱を宿したかのように微かに熱を帯びていた。

令央の脳裏には、凍てつく灰色の空の下、死に物狂いで生きようとする地上の人々の姿が浮かんだ。科学者としての使命感、彼らを救いたいという強い倫理観が「戻れ」と叫ぶ。しかし同時に、アリョーシャが語る「星の摂理」という壮大な真実と、この隔絶された楽園のような地下世界が持つ圧倒的な魅力が、彼の足を縛り付けていた。

地上の人々と、 僕が守ろうとした科学とは一体…………

令央の言葉は震えた。

その秩序は、もう機能しなくなるの

アリョーシャの声は静かだったが、千年の孤独と決意を内包していた。

令央、答えなさい。われと共に、この星の変革を見届けるのか、それともまた再び、あの氷の墓場へ戻るのがよしとするか……

令央は、アリョーシャの瞳の奥に、女王としての威厳だけでなく、数千年もの間、ただ一人でこの責務を背負い続けた女性としての深い孤独と、彼への期待を見た。その視線は、ナイフのような冷気が切り裂く極北の荒野よりも冷たく、そして黄金のマグマよりも熱かった。



人間の心を科学するほど愚かなことはない。
彼は説明できない引力に抗すことをやめた。そして、決断を下した。
それは人類への裏切りではなく、未来への新たな希望を託す、究極の選択だった。彼は、地上の人々を尊い生贄とすることで、この星の再生という巨大な摂理を受け入れる決意をしたのだ。

……僕は、キミと共に、この新しい世界を生きる

令央は、差し出されたその熱い手を取った。
その瞬間、彼らを取り巻く空気は一変した。
それは切なく、苦渋に満ちた決断であったが、同時に氷晶すら溶かすような、二人だけの未来を切り拓く情熱的な誓いとなった。

令央の手がアリョーシャの手に触れると、足元の岩が恋に落ちたようにさらに赤く熱を帯びた。二人は互いの存在だけが頼りの、隔絶された新世界における、未来のアダムとイヴとなる。彼らの前には、科学と神秘が融合した未知なる探求と、二人だけの永遠にも似た時間が広がっているのだ。


令央とアリョーシャが、新たな創造主となる神話の一項が、今開かれた。

おわり