ファルファラとヴィンセントの間の張り詰めた空気を打ち破ったのは、まだ幼さを感じさせる少女の声だった。見れば、少しクセのあるふわっとしたブロンドと、大きな瞳が印象的な少女が、いつの間にかテーブル脇に立っている。
「おい、嬢ちゃん。俺たちは大事な話をしているところなん……」
「ファルファラさんのステージがあると聞いて、初めての家族旅行でこのジョカに来たんです! 明日のステージ、楽しみにしてます!」
ヴィンセントの存在をまったく無視し、彼女は熱っぽくファルファラに話し続ける。
いや、無視しているわけではない。今の彼女の眼にはファルファラ以外の全てが映っていないのだ。そのことを悟ったヴィンセントはメッシュの入った髪を搔きまわしながらため息をついた。完全に毒気を抜かれた形だ。
「あ、そ、そうなの……ありがとう、とっても嬉しいわ」
一方、ファルファラの方も突然の乱入者に戸惑いを隠せなかった。もちろん、ファンに突然声を掛けられた経験がないわけではないのだが、これほど空気を読まないタイミングで声を掛けてきた者はこれまでいなかった。
「あの、握手してもらってもいいですか?」
「……お安い御用よ」
何とか体勢を立て直したファルファラが差し出した手を、少女が恐る恐る握る。
(……ん?)
意外な力強さに違和感を覚え、ファルファラはもう一度少女を見直した。童顔気味ではあるが、意外とグラマラスな肢体。そして、可憐なドレスに隠された腕と脚は程よく引き締まっている。この筋肉のつき方は……
「もしかして、あなた……ダンサー?」
問われた少女は、大きな眼をさらに見開いた。
「ど、どうして分かるんですか⁉︎ まだ見習いですけど、私、ダンサー目指してるんです! いつか、ファルファラさんのバックで踊るのが夢なんです!」
少女の言葉に、ファルファラの表情が少しだけ険しくなった。
「ありがとう……でも、今のままではちょっと難しいわね」
突然の、突き放されるような一言に、少女は言葉を失った。
「あなたが夢を叶えるために努力しているのは分かるわ。でも、今のあなたには大事なものが欠けてるようね」
「そ、それって……」
「ヒントは今のあなたの言葉の中にあるわ。じっくりと考えてみて……」
よほどショックだったのか、少女は一転して弱々しい声で「ありがとうございます」と言い残してフラフラと去っていった。その背中を見送りながら、ヴィンセントが「やれやれ」と苦笑を浮かべる。
「あんたも冷たい女だな。何だか知らないが、足りないものがあるんだったら教えてやりゃあいいじゃないか」
ヴィンセントの言葉に、ファルファラが笑みを浮かべる。
「素人のあなたに言っても分からないと思うけど……自分で見つけなければならない答えというものがあるのよ……それじゃ、失礼」
「あら、ディナーがまだよ」
「もう遅いでしょ。こんな時間に食べたら太っちゃうわ。それに……あなたを目の前にしながら食べたりしたらせっかくの料理に申し訳ないじゃない」
そう言い残して、ファルファラは軽やかな足取りで去って行った。
「……言ってくれるぜ」
ヴィンセントはテーブルの上に取り残されたワイングラスを手に取り、一気に飲み干した。
少女はガラの悪い男たちに取り囲まれていた。ファルファラの一言にショックを受けた彼女は心ここに在らずの状態でフラフラと夜の街を彷徨い、気がつけば薄暗い路地裏に迷い込んでいたのだ。
歓楽の島であるジョカを実質的に支配しているのは、いくつかのマフィア組織である。光の当たらない路地裏などは完全に彼らの領域といってもいいだろう。
今、少女を取り囲んでいる男たちはその中でも最悪のレベルに位置する、人身売買組織のメンバーだ。
「もう逃げられないぜ……おとなしくついてきてもらおうか」
肩を掴んだゴツい手を、少女は反射的に振り払った。
「や、やめてください!」
バッと後ろに飛び下がって、少女はダンスの小道具であるステッキを剣のように構えた。しかし、飾りの花があしらわれたそれは武器にするには細く、あまりにも貧弱だ。
「おいおい、そんなので俺たちとやり合う気か? いいぜ、試してみなよ」
ニヤニヤしながら男の一人が近づけてきた顔を、少女は撫でるかのようにステッキで軽く打った。すると、どうしたことかいきなり男の巨体がグラリと揺れ、そのまま地面に崩れ落ちた。
「……だから、やめてくださいって言ったのに」
グーグーと高いびきをかく仲間を見下ろしていた男たちは、それが少女の仕業であると理解し、怒声を上げながら迫ってきた。
「イッツ、ショータイム!」
声を上げた少女は笑顔を浮かべ、軽やかなステップで男たちの間をかいくぐった。その動きはまさにダンスそのもの。少女は瞬く間に五人の男を眠らせたが、
「キャッ!」
あと一人というところで足を滑らせて尻もちをついた。脱ぎ捨てられた上着に足を取られたのだ。
「死ねやオラァ!」
男は巨大なハンマーを振り上げた。頭に血が昇って、少女を『商品』として売り捌くという当初の目的を忘れ去ってしまっているようだ。
尻もちをついたままで、少女は咄嗟にステッキで受ける姿勢を取ったが、さすがにその一撃を耐えきる自信はなかった。
その時だった。どこからともなく現れた蝶が男の視界を塞いだ。光輝く、不思議な蝶だった。
「えい!」
生まれた隙は一瞬だったが、少女にはそれで充分だった。ステッキを突き出し、握りの部分でみぞおちを突かれた男は、その場で崩れ落ちてイビキをかき始めた。
「ふう……」
立ち上がり、額の汗を拭ってから少女は蝶の姿を探したが、どこにも見当たりはしなかった。
輝く蝶は夜を舞い、ファルファラの細い指にとまって、消えた。
「あの娘も冒険者だったみたいね。加勢は余計だったんじゃないの?」
ファルファラが振り返ると、いつの間にかヴィンセントがいた。まったく、油断のならない男だ……ファルファラは思わず肩をすくめた。
「尾行が趣味なのかしら?」
「まあね、対象にもよるけど。ねぇ、結局あの娘の欠点って何なの?」
ファルファラは路地裏を抜けて雑踏に消えゆく少女の姿を見送ってから、ヴィンセントに向き合った。
「私のバックダンサーになりたい……それじゃダメなのよ」
「はん?」
ヴィンセントは首をかしげる。100億$$$の歌姫の後ろで踊る、それはダンサーにとって一つの頂点ではないのか。
「私たちはね、すべてのお客さんに楽しんでもらうことが生き甲斐なの。そのために、ステージで全力を出し切るわ」
「……それで?」
「バックダンサーでいい、と考えているうちはまだ全力じゃないわ。ダンスでこの私を食ってやる……そのぐらいの迫力が感動を呼ぶのよ。言ったでしょ? ステージには強敵がいるって。敵は……私以外の全員よ」
「なるほどね……怖い世界。で、あの娘は?」
ファルファラは、口元にフッと笑みを浮かべた。
「心配ないわ。あの状況でもダンスを忘れない娘だもの。すぐに気づいて……いつか強敵として私の前に立つわ」
「なるほどね〜」とヴィンセントは腕を組む。
「参考になるお話をありがと。ますます明日のショーが楽しみになったわ」
「ええ。最高のバトルをお見せするわ」
笑顔を見せたファルファラはヴィンセントに近づき、その耳元に囁いた。
「あなたも……明けない夜に、酔いしれなさい」
≪了≫
えー、突然の小説でしたw
二次創作なんてしたことないのですが、なんとなくかっこいいファルファラと、胡散臭いヴィンセントとの掛け合いが書きたかったのですw
文字数の都合上、かなり描写を端折った部分もあるのでアッサリし過ぎた感もありますが……よろしければ感想いただけるとありがたいです。
ネタ思いついたらまたやるよ(・ω・)ノ

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