咲き続く庭の酔芙蓉

 私とねんてん先生との出会いは、本屋で手にした角川書店の雑誌「俳句」の連載記事でした。ユーモアに富んだ切れ味の良い文章に魅せられて、本屋や図書館で先生の著作『俳句のユーモア』や『大事に小事』などのエッセイ集を読み漁りました。そのうちの『俳句のユーモア』は、びわこ句会で皆で輪読もしました。

 さて、新著『老いの俳句』は、今までの俳句についての考察に、さらに「老い」の観点からの考察を加えたものです。貞徳、芭蕉、蕪村、一茶、星野麥丘人、草間時彦、行方克巳、山口誓子等様々な老いの俳句を論じながら、究極の俳句の姿に迫っていきます。因みに、拙著『阿波野青畝への旅』から、老いを楽しんだ青畝(93歳で他界)の「最晩年の句」についての考察も載っています。

 そして、「歳をとれば、(中略)見方が固定するし、使う言葉もなじみのある古い言葉になりがち。いつの時代も俳句は新しさが花だったから、老いが身につけている見方や言葉は要注意だ。無理しないで、平凡な暮らしの中で平凡に詠めばよい、という人が多いことも知っている。(中略)でも、そういう人ばかりになったらつまらない。言葉による表現は、たとえ五七五の小さな表現であっても、日本語の表現の地平という広場につながっている。また、絵画や音楽、演劇などの表現一般の地平にも。その広がりをもたらすものが、もしかしたらモーロクという劇薬かも。」という本文の言葉に、大いに励まされました。 

 ご揮毫の一句、ありがとうございました。