姫のメモ

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どことなく  祖母のおもざし  思い出す
  凍てし茶庭の   白椿かな

世情が騒がしい中、ふと自分を見失いそうにもなる時もある。
自分はこのままでよいのだろうか。そんなことを、道端の先に、咲いている
白椿の花に問うて見た。「いいんだよ。頑張ってきたよ」と、首を傾げて微笑んでくれた。
そうなんだ。それしかできなjかっんだ。精一杯してきたんだ。

人って可笑しいよね。植物も動物も情景も変わらないのに、その季節の香りで
自分が変わってみえる。どんな香りを求めていたのだろうか。

多くの人、事、場に出会いながらそれを、学び教わり、親しんいるのかもしれない。
そして、生きながら成長し、その季節を大切にしているのかもしれない。

凍てつく茶室に、一輪の花が私を優しく微笑んでくれます。
その花の名前は白椿、感謝の花です。


初日の出  かがやく空を
  うかべたる
静けき海を 祝う今日かな

海の表面はどんなに波立っていても底は、とても静かな世界で
それが本来の自分の姿、
今年は、そのような自分を信じて、そして人を信じて
前を向いてチャレンジしたいと、志を高く持ち、力の限り強く
生きて参りたいと思います。

   たくましく・優しく・美しく       松平洋史子

人は何の為に生きているのだろうと、学生の時に読んだヘルマン・ヘッセの車輪の下を

何故か、この晩秋に舞う枯れ葉の一枚肩にして思うのです。

 

現実は、連日報道されている、世界中のいたるところ、人間殺し合いの悲劇が増幅しています。

この悲劇を、他人事のようにただ見送る時間が多くこの枯れ葉を、肩から払えない私がいます。

 

優しい愛に包まれてi生きていかなければならないのに、現実は人間の本能と戦いがあり、その多くが悲劇を生んでいます。

 

生きていれば無数の障害と戦い、守るのですという人もいます。何と戦い何を守ればいいのでしょうか。

 

    人の痛みを自分の痛みにできる力

    人の喜びを自分の喜びに感じる力

    自分の喜びを人に感じ取らせる力

 

私は、この力に寄り添ってみようと思うのです。

 

 

一日一つ良いことをしましょうとは、一日一善 良いことすれば良いのではなく、一日良いことに

であうことでもあります。

 

売り場で、お子さまがお眠いのでしょうか、バギーベビーカーで泣いていられ、一生懸命あやしていられた若いママさんとお話しをいたしました。お母様がお買い物なされていられる間お待ちになられていたので、「大変でしょう」「はい、この子は女の子で、この上に男の子がいます。」

 

「今一生懸命向き合っている時間は、ご自身の財産になられますよ」

子供は成長しいろんな問題をおこします。その時に、今の頑張りが自信につながります。

「つらいなと思ったら、自分の将来のためと思って頑張りましょう」

さっきまで曇っていたお顔が明るく微笑み「ありがとうございます」いつのまにか、お子様も寝てしまわれてました。「この子の為ではなく、自分の将来の為に、勇気を戴きました」

両の手を  ひかれながら  七五三

 清く澄みわたる   空も瞳も

 

 

秋の日差しを通り過ぎて、駅の階段を上がって行くと、重そうにお荷物を持たれている

お婆さまが階段を一段一段ゆっくり上がって居られました。

 

トントンと私の後ろから軽やかに通り過ぎて、お婆さまも通り過ぎていかれた青年が4,5段先から下がってきて、「お荷物、上までお持ちしましょうか?」・・・・・・・・「結構で・す・」

どことなく肩を落として青年は先を急ぐように階段を上がっていかれました。

 

すると、誰かが私の袖を持つのに気がつきました。「あなた、この荷物上まで持ってくれない?」 「・・・・・・・・・・」 先程の青年にお断りなされてましたお婆さまが、「あの青年の足の速さで荷物をもっていかれたら、私はおいつきませんからね」「。。。。。。。」

 

時代の無愛想の一コマです。

天皇は、国民一人残らず大御宝と仰せになり慈愛のお心にいつも幸福と安定を念願されていられます。

それは選挙による位ではないし、期限があるわけでもなし、一票に関連するものでもないからおおらかなものです。

このような長い時代の磨きにより、天皇にも国民にも品格高き光りを保つのです。故にこそ世界の国々から尊敬を受けているのであるという事を、国民は自覚しなければならない。

 

国民の健全なる生活を営まんとするには健全な環境が必要です。

その環境とは秩序が正しく保たれて居なければならない。

それは天皇にも国民にも同じです。

秩序を保つに精神生活と行動の倹徳の二面があります。

 

即ち真心の生活により起居動作が端正となり、基本的礼儀作法が普及しなければ真心が持ちつづけられないということを、松平家の法式に松平俊子が説いてます。

 

 

敗戦前の日本には、秩父宮のような直宮(天皇の子や兄弟姉妹の宮)をのぞいて、朝香・有栖川・華頂・桂・賀陽・閑院・北白川・久邇・小松・竹田・梨本・東久邇・東伏見・伏見・山階の15の宮家がありました。そのうち桂・小松の二宮家が明治年間に、有栖川・華頂の二宮家が大正年間に、それぞれ断絶などで廃止されました。敗戦後の昭和22年残りの11宮家すべてが皇籍を離脱しました。明治43年の韓国併合後、李王家と李公家の朝鮮王公族がつくられたのですが、これも廃止されました。

皇族は天皇の一族で、その血脈を保持するための存在になりました。

敗戦後は、皇族自身の性格や人生観までも変えました。

永田町の鍋島侯爵邸は関東大震災で焼失し、今は首相官邸となっています。渋谷の梨本宮邸は空襲で焼け、広大な敷地は戦後に分割され、今は若者があふれる街になっています。鍋島侯爵の娘として生まれた勢津子さまと、伊都子さまと俊子とは、地位と身分の変転は急激な時代を生きてきました。

昔のことをひもをときながら、現代の日本が、どの方向からやってきて、どの方向へむかおうとしているのかを知る手がかりがあるのかもしれない。

千利休が説いた利休の七則

一,茶は服のよきように点で

二、炭は湯の湧くように置き

三、夏は涼しく冬暖かに

四、花は野にあるように活け

五、刻限は早めに

六、降らずとも雨の用意

七、相客に心せよ

 

松平家の教え

一、お客様のお気持ちを大切に

二、お客様のおむかえの準備は誠実に

三、夏のお茶と冬のお茶の入れ方

四、お家の中に季節のご馳走

五、何事もゆとりをもつように

六、お客様の為に、ご心配ない備え

七、お客様との和と思いやり

 

玄関番がいて、お客様をお迎えする為だけのお仕事をなされていられる方です。

幼い時、その方にお聞きしたことがありました。

こんなお天気なのに、何故お傘をいつもご用意なされるのですかと、

すると、いつかおわかりになられますよ。

 

あるとき、お客様がお帰りになられた時に、激しい夕立があり、皆様お傘を感謝されて

お持ちになられました。

この日のこの事のために、万全の備えと気づきました。

 

日本のおもてなしの心です。

 

 

 

歩いている二人、電車に乗っている二人、喫茶している二人、ウィンドウショップしている

二人、男の人同士、女の人同士、男女同士、秋の街路地に消えていく二人です。

 

どの二人からも会話がなく、互い目が合うことも少ない。それぞれが手にする携帯が

全ての時間と会話になっているように、隣の方が話をしようとすると、「ちょっと、待っていて」と、

携帯に手を動かしていて、終わると今度は相手が携帯に忙しそうに、「ごめんなさい」。

 

友達同士で笑うのでもなく、見えない携帯で笑っている。

側にいても、その距離が近いようで遠いとこにいる。

 

それでは、気づかないことも多いです。目の前でお年よりが立っていてもわからない。

目の前でお化粧していてもわからない。

おにぎりを横で食べていても無関心というより、自分の携帯に夢中なだけ。

 

一人歩きする情報、その情報に、使われて時間、

いつのまにか人が生きているのではなく生かされているのではないだろうか。

 

松平家では、外から帰ったら口をゆすぎ、手を洗いなさいと、言われてきました。

口いっぱいに水をいれて、ブクブク・ペと、3回いたします。手は、3回手を合わせ、

指と指を絡ませてから全体を洗い流します。

 

それだけうるさく厳しく躾けられましたが、歯の磨き方は、教わったことがありませんでした。

歯科医院の女医先生のところに伺いました。その先生とは、東京商工会議所女性会理事をしていた時に、ご一緒でした。

先生は、「歯を磨くのは、その人の知性です。」と言われました。

 

躾けもその時代とともに変わるものもあると思わされました。歯を磨くのは、人間の人間としての

進化であり、文化だと感じました。