知性とはなんだろう。

なんだろうというか、

どんな種類に分けられるだろう、

というのが興味のあるところ。

ググりながら探る。

 

http://careersupli.jp/lifehack/chisei/

 

ここを参考にしてみると

 

思考力、問題解決力、問題発見力、知能、知識、知恵、多様性を理解できる

などのワードが拾えた。

 

知性は知能指数や知識量のように測定したり数値化できないもの。

他者を通じてしか自覚できないもの、ともある。

 

教養や知識などと知性を区別する、ともあり

これにはめちゃ賛同。

学校の先生なんかは、ここで基準決めてるから正直

知性的にはどうなのか、という人がたくさんいる。

 

①知識や教養は、外側にある情報の記憶。(知恵もそうかな)

 

②思考力、問題解決力、問題発見力、多様性の理解力、

などは内側にあるものへの動きかな。

脳の動き、さらには感覚や感情、

観察データなんかも関わってくるよね。

 

私が

頭いいな〜と思うのはこっちの優れている人で

それは単に自分が①が苦手で②が得意、という所にも

関係しているかもしれない。(自己肯定したいから?)

まぁそれは置いといて、

 

さらに

②を解体していきたい。

思考力→脳の働き

問題発見力→脳の働き、観察力、判断力、共感力、

問題解決力→脳の働き、観察力、判断力、共感力、分析力、統合力、理解力、俯瞰力

多様性の理解力→脳の働き、観察力、判断力、共感力、分析力、理解力、俯瞰力

※ここに知識や知恵なんかが加わると、より現実的に役立つものとなるのかな

 

雑に書いてみたが、

これらの力があればあるほど

その知性は高くなってみえるんじゃないかな。

私なんかは判断力、共感力は弱い。でも俯瞰力はずば抜けているし

分析力もまぁまぁあると思っている。観察力もあるね。記憶力は落ちた。

そんな私は『賢いけど少し危ない人』て印象うけられやすいのかなー?

危ない、も少しだけだと、天才的な印象与えるよね。

 

この中で

判断力、共感力、理解力

これが弱いといわゆる『変な人』とか『バカな人』に

見えやすいんじゃないかと思った。

私が変な人にみえるのは『共感力』が著しく低いのと

(ただこれは経験と知恵や知識でカバーできる)

判断力が人とはズレている点かな〜と思う。

理解力も共感できないものに対しては弱い。

 

他の人を見たときにも

この3点が弱いと、ちょっとこの人ヤバいな〜と

感じる事があるようだ。

特に話をして理解ができない相手というのは

コミュニケーションが取れないわけで

その行動が愛くるしいものだけならば問題ないのだが

迷惑とか危ないとか不快とかになってくると

困った事になってくるのだ。

 

いわゆる

知的障害と言われているものに興味が向く。

(友人に勧められてそういう漫画を読んだ)

発達障害(ウェ〜バ〜)の中でも、知性が弱い傾向の人もいる。

単純に記憶力が弱い人もいれば、この

判断力、共感力、理解力なんかが弱い人もいる。

そのバランスや突き抜け具合により、

知性の有無の印象が決まるように思う。

 

例えば

記憶力は凄くいいと

多少判断力、共感力、理解力なんかが弱くても

大丈夫な印象を持たれる。

言い方を変えると普通にみられやすい。

でも

なんかおかしな人、って印象は持たれたり。

 

共感力だけが高くても、印象は悪くないように思う。

 

判断力、理解力が無いと、これは少し危険そうに見える。

 

そうそう、記憶力もさらに分けていけるしね。新しいもの古いものとか。

体感と感覚。物や事。なんかにね。

 

脳の働く部分がそれぞれ違うのだと思うけど

判断力、理解力を司る部分が弱いと

危ない人に見えるのだと思う。

状況判断なんかは特に。危険回避には大切。

でも危険なのはその部分だけで、

その人全体が危ないわけではない。

 

 

私の『いろいろ分けてみよう』という試みは、

一概に印象で人を判断しない、というのに

通じると思うからだ。

 

 

例えば私は

自閉症を持つ作家の東田直樹さんの

『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』を読んで

見た目だけで、コミュニケーションが取れ無いと

判断したり、なんだか怖いと思っていた自分を打ち砕かれた。

 

彼ができないのは『人と同じスタイル』のコミュニケーションで

コミュニケーションが取れないわけではなかった。

ただ独自のスタイルが必要なだけで。

これは

いろんな今『コミュ障』とい言われている人や

障害がある人にも言えると思って。

 

 

問題点は

そんなにいろんなタイプの人がいるのか、というのが

知られていないという点だと思う。

多様性が浸透していないからだと思う。

特に日本は『人と同じ』教育がされているから色濃い。

 

そこがわかれば

「じゃあこの人はどんなタイプでどんなスタイルが適しているか」が

分かるので、

危惧するようなトラブルを回避したり、解決しやすかったりする。

そう思うのだ。

それが普通になれば、むしろ面倒が減ると思うのな。

 

 

まだまだいろいろを分けて考えるこの試みは(趣味は)

はじめたばかりなので発展途中だけど

しばらく続けていくと思う。

きっとそれは

人類の『楽で生きやすい世界つくり』へと役立つと思うのだ。

なにより私が考えていて、楽しい。

 

 

たまにこんな風に

思考をブツブツとダダもらそうと思う。

 

『すべてはベストなタイミングで用意されている』

 

すべての出来事は学び。感謝しかないわ。