とかついこないだ思ったばかりなのですが
気づけば寒い、と思うようになっていて、夏どころか秋すらも、もう終わりに近づいているのですね。
秋が短いというのはきっと、こんな風に人ってどうしても夏に心を残してしまうからではないのかしらとぼやっと思います。
この時期のあら、寒っ、というのはさ、
夏に冷房ガチガチのビルなどに入ってうわ、寒っ、というのと全く違うのですよね、
同じ寒っ、という意識であっても、感じがぜんぜん違うのですよね。
何だか寂しいのですよね。
冬の音がなくなるような寒さともまた、違うのですよね。
秋は寂しいのですよね。
人恋しいのでもなく、甘えたいのでもなく、
とにかく寂しく、
寂しいから誰かに会おう!とか、
何かをしよう!とかにはならないのが何ていうか秋なのですよね。
川上未映子さんも書いておられましたが
綿矢りささんの『蹴りたい背中』の初っ端の一文「さびしさは鳴る。」
は本当に掴まれるものがあります。
おセンチな文章と相成りましたが、
季節の変わっていくのはだってみなおセンチじゃない?そうでもない?
朝がまた来るんで、寝ましょうね。