旦那様がお帰りになって、今夜は野菜の具がたっぷりの麺類と餃子と野菜スープとビールとご飯と明太子にしました。塩分高めだったかな。それにしても旦那様は餃子好きです。市販の。たぶん10日に1回は出すかな。


食後に美味しいコーヒーをいれて残りのお菓子を半分こにして食べて、背中をマッサージ。今寝てます。


マッサージをしながら旦那様に話をしました。昨日アドバイスされたこととか、ブログを読み返すと10日に1回くらい悲しくなっているので心療内科に行ったほうがいいのかとか、母になりたい女の本能についてとか話しているうちに、私が悲しいのは「誰も応援してくれないから」なのかもしれないと思ったりしました。だって、母もおばも「諦めなさい」って言うんですもの。


では、なぜ応援されないのか。それは状況がかなり厳しいから。だって旦那様はもう40超えだし、私は38目前だし、旦那様EDだし、薬使う気ないし、排卵日より会社の人と行く釣りのほうが優先だし。その状況で「赤ちゃん楽しみにしてるね」って言えないというか、もしかしたら、自分達が諦めモードに入りたいのかもしれません。もう孫を期待してもムダなんだな、という見切りをつけたいのかも。がっかりする前に。早めに。もしくは自分の都合よく思うなら「無駄な期待をしている娘」を不憫に感じる親心?かも。


それは別に構わないです。だってどう思うかはそれぞれの自由だし。むしろ私も無計画な感じでごめんね、孫見せられないかもしれなくてごめんねって思ってます。


旦那様に「悲しいのはお天気や女の週間のせいではなくて、近い人からの応援がないからかもしれない」って言ったら『おいおい。俺は諦めてないぞ。』と言ってました。私は旦那様を信じていればいいし、誰かに応援してもらおうなんて思うのはそもそも無理な期待なのかと思いました。つまり昨夜から今朝にかけて悲しくて泣いていた理由は「応援してくれると思ったのにそうではなかったから」が正解かもしれません。結局、私の考え方の問題なのです。


レスられたとか、母になれないかも、という絶望感や焦燥感は同じ境遇になった人にしかわからない。だからいくら近くても、母やおばにはわからないってことでもあります。アドバイスは有難いしムダじゃないけど、わかってもらいたいとか、応援して欲しいとか、思うこと自体ムダなのに、たぶんまた期待していたんだな、私は。


なんだかなあ。私という人間は、いつも自分の都合よく考えてしまって、旦那様にしてもそうだったのですが、人の気持ちは自分とはまったく違うところにあると気づいて、期待を裏切られたと泣いてしまう。特に母やおばだったから、甘えがあったのだろうなと思います。まるで子供じゃないか。いいかげん大人にならなければ。


追記:旦那様には「釣りに行くことのほうが優先」っていうことにガッカリしている、でも楽しんで欲しいという気持ちもあるけど、でもやっぱりガッカリしている、と話しました。旦那様は「仕事と子作りは同じくらい俺の中では大事だよ。でも仕事のほうが大事かな。」とのこと。とりあえずガッカリしていることは伝えたのでもういい。アイ ハブ ノー チョイス。これからも溜めないことが目標。でも旦那様を苦しめない程度に。