『嚙みあわない会話と、ある過去について』(著/辻村深月)
図書館の『本日返却された本』の棚に並んでいて、前知識なしに借りた本。
辻村さんの本は何冊か読んだことあるし、と気軽に読み始めた私は裏切られた。
怖い怖い、ホラーよりも怖い。
本書の解説をされてる東畑開人さんも『この短編集は本質的には怪談であった』と言い切ってしまうくらい怖い。
言葉遊びや思い違いくらいの『嚙みあわない会話』と思っていたが、人の人生や人格に影響が出るくらいの認識のズレがあったのだ。
以下、ネタバレを含む記述が多くなるので未読の方はご注意ください。
『ナベちゃんのヨメ』
大学時代の男友達が結婚する。その相手が過去に問題を起こした相手で、彼女に影響を受けたナベちゃんも次第におかしなことを言い出すようになる。
始めは粘着質で束縛系のヨメと、大学時代の女友達との会話が嚙みあわないのかと思った。(もしくは、ヨメの言いなりに大学時代の友達と距離をおこうとするナベちゃん)
しかし過去を振り返ると、女子仲間から『異性として意識出来ないけど気のいい男友達』として見られていたナベちゃんと、本当は彼女が欲しくて女子に優しくしているのに振り向いて貰えないナベちゃんという、両者の認識のズレが生まれていた。
なんとなく相手のその気配に気が付きながら、平和な空気を崩さぬよう見て見ぬふりをしていたのだ。
念願だった彼女を手に入れたナベちゃんは、かつての友達よりも彼女を優先させる。
ヨメの願望に沿うナベちゃんは私生活を支配されているようだ。
度が過ぎる嫁の執着に他人はナベちゃんを哀れだと笑う。だけど彼は只管にヨメを傷付けないように気を使っているだけなのだ。
この幸せはナベちゃんだけのものだが、やはり冷静に周りから見ると怖い。
この話は(精神的に)狂気的なヨメの言動とそれにコントロールされてくナベちゃんが怖かった。
が、これはまだ序の口である。
『パッとしない子』
かつての教え子が超人気アイドルになった。
直接の担任は彼の弟のほうだが、兄であるアイドルくんも図工を教えた過去がある。
ついつい、当時の彼のことを『パッとしない子』と身内に話していた女性小学校教諭が、番組の撮影で学校に訪れた件のアイドルと再会することとなる。
撮影後、少しだけ話がしたいと持ちかけられ、浮かれた気分で応じた彼女に言い渡されたのは彼からの憎しみの言葉だった。
乱暴に要約すると、主人公の女性教師は靡く子ばかり大事にしてアイドルくんの弟には大して気に止めてなかったくせに、アイドルくんが有名になったら急に担任面して当時の様子を周りに言いふらすのが勘に障ったという話なのだが、彼の追い詰め方が怖い。
どう怖いかは読んで確かめて欲しいのだが、一読したときは果たして彼がそこまで憎むほど当時の女性教師に問題があるとは思えなかった。
若さ故の至らなさもあるし教師として配慮が足りな居言葉もあったが、そんな憎しみ込めて責め立てなくても、と同情したのである。
アイドルくん、人気者になって肯定する人ばかりが周りにいるから助長してない?とも。
だが、よく考えて気が付いた。
彼女は教師として最もしてはいけないことをしたのだ。
教え子の個人情報流出である。
勿論、住所などの具体的なことではない。だとしても不用意に周囲に当時の彼らの様子を語り過ぎていた。
職場関係は彼が卒業生ということで知られていても仕方ないが、どうもちょっとした話題から彼らのことを多くの人に漏らしていた気配がある。
それが回り回って彼の耳に入り、その度に彼女への悪い印象が積み重なったのだろう。
最終場面、彼は女性教師に自分の姿を二度と見ないでくれと言い渡す。
え?それが彼女に与える罰なの?と首を傾げる私に女性教師は「そんなの無理だよ」と答えるのだ。
彼は超人気アイドルでテレビにでない日はないし、雑誌の表紙もいくつも飾っている。そんな人を見ないでいるのは難しいと。
そうかなぁ?全部のテレビ番組に出てるわけじゃないし、本だってそういった雑誌の置いてあるところを避ければ良いのでは?
そんな現実的な意見を頭の中で述べながら気が付いた。認めてないが、彼女も彼の所属するアイドルグループのファンなのだ。
そして彼もそのことに気が付いていたから、こんなことを言ったのだ。
やはり彼の怒りの度合いは女性教師の当時したことに対して度が過ぎているように私は感じる。
それは彼がまだ若く寛容さが養われていないことと、彼女の話が彼の元まで伝聞され常に火に油を注がれ続けたことが原因だと思っている。
『パッとしない子』と似たパターンの話が第四話の『早穂とゆかり』である。
こちらは過去に小学校の同級生同士だった女性の話で、ヒエラルキー上位にいた早穂と下位だったゆかりが、大人になり立場が逆転して再会する(正確には早穂がゆかりにインタビューさせて貰う)という内容である。
両者に立場の優越があったが、無視をしたとか暴力を振るったとか物を隠したとかがあったわけではないようだ。
子供の、特に小学生のうちは「みんな仲良く」と大人たちに言われることが多い。
確かにみんなで仲良くするのは正しいがそれは大人が押し付ける理想論だ。
子供だって話の合う子や苦手な子はいる。それを無理に仲良くしろとは無茶もいいところだ。
頭の悪い子、足の遅い子、ダサい子と仲良く出来ない、と思う子はいるだろう。
思うだけなら自由だし、仲良くする友達は自分で選んでも良い。
ただし、自分より劣ると思った相手を蔑んではいけない。
人として最低限の敬意を払わなくてはいけないのだ。
早穂はゆかりをイジメたりしていないというし、確かに一般的に言われるイジメに該当するような酷いことはしていないようだ。
だが彼女はゆかりを下に見ていた。そして敬意を払うことを疎かにしていた。
結果、大人になってゆかりの近しい人達の前で公開裁判みたいなことをされる。
私としては早穂も悪いが、当時のことを早穂に擦り付け、成功したゆかりに大人の顔してすり寄って行った他の同級生たちも罪深いと思う。
が、ゆかりは早々に頭を下げて懐に入って来た彼女たちは許して懇意にしているようだ。
気まずくてそれまで距離を置いていた早穂が可哀想でもある。
恐らくゆかりは、当時ヒエラルキーの上位に居た子達が自分を取り囲んでくれたのが嬉しかったのだろう。だから寝返った子は味方として大事にした。
逆に未だに上から出てしまった早穂には当時の恨みつらみが爆発したのかもしれない。
マジ女の執念、恐るべしである。
最後には早穂の仕事も取り上げてしまったが、『パッとしない子』との相違点を作る意味でもこれは余計だったのではないかと思った。恨みを晴らすためだけに会いました、みたいな印象が強く残ってしまうのだ。
ゆかりにしろアイドルくんにしろ、成功した今は周りには彼らを良く言う人しかいないだろう。
そこでかけられた言葉が発した人の本心であるか、おべっかや大人の配慮が混ざってないか、きちんと見極めておいて欲しい。
でないといずれ、自分たちが悪と断ずる人たちと同じ道を辿ってしまう可能性も生まれるだろう。
『ママ・はは』
順番が前後しますが、こちらが第三話になる。
ここに登場する母親も怖い。
自分の思い通りに娘をコントロールしようとする母親が登場する。
前に読んだ『母親の小包はなぜこんなにダサいのか』でも自分の理想を娘に押し付ける母親が登場したが、こちらはもっと強烈。歩み寄る隙間もない。自分の考えこそ正しいと譲らないくせに、その考えがその時によってブレる。
夜更かしは良くないと怒られたので早く寝たら、受験生のくせにそんなに早く寝るなと怒る、みたいな。
せめて小言は一貫して欲しい・・・。
とこんな感じの毒親の話かと思いきや、内容が途中から徐々にファンタジーめいてくる。
これは穏やかに終わるのかと油断したところでホラー直結のオチがくるのだ。
読後感が良い話ばかりではないが、その分提起された問題について考えさせられる。
とりあえず過去に関わりのあった人の話を迂闊に周囲にしない方が良さそうだと学習した一冊でした。