手の平に乗せた、小さな銀色のプレート。
今の世の中、技術が進んだもんだと改めて思う。
「こんな小さなのがボイスチェンジャーなんだ」
剛士は慎重に指でつまみ、光にすかすようにしてじっくりと観察している。
その様子を開発者の『赤信号研究所』の博士たちが満足そうに眺めていた。
なんたって久しぶりの自信作なのだ。少しは感心してもらわなくては。
「すごいんだよ、それをちょいと舌に乗せて喋るだけでまるっきり違う声になるんだから!」
「・・・、ほんとうっすかぁ?なんかリーダーの言い方って信用できないんだよね」
「失敬だな!それはサンデーマンプロジェクトと共同開発して作り上げた・・・、ぁだっ!!」
血気上がって口走った渡辺博士の頭を、ラサール博士が目にもとまらぬ速さで叩いた。
あんなに躊躇いのない突っ込みは、剛士も初めて見るかもしれない。
「なにすんの!」
「お前、そのプロジェクト名は極秘・・・!!!」
「?さんでーまんぷろじぇくとぉ???」
はっ!と渡辺は口を押えて辺りを見渡した。
眉間にくっきりとした皺を刻んだ剛士が、怪訝そうな顔で二人を見つめている。
幸いなことに、雄輔も直樹もまだここには来ていない。
「まままま、そんなのはさておいて、つるのも試してみなって♪(^^;」
「そーそー、これを使ったらどんなカバー曲も歌い放題だよヾ(≧▽≦;)」
いまいち合点がいなかいと首を傾げながらも、剛士は言われるままにそのボイスチェンジャーを舌の上に乗せてみた。
そんなに違和感はないが、これで本当に声が変わってくれるのだろうか?
「ほら、喋って」
「・・・特に何も変わった様子は・・・」
そこまで話して、剛士は己の口から零れた声に吹き出しそうになった。
めっちゃ舌ッ足らずで甲高く甘ったるい女性の声に変わっていたからだ。
「ほら~~、驚きでしょ?これってすごくない?」
「っていうか、完全にアニオタ声じゃないですかっ。他の声とかに出来ないんですか?」
「それがまだ開発途中で、あ、でもインプットすれば他の声も簡単に再生できるようになるぞ」
確かにこんな小さな機械で声が変わるのはすごいが、果たしてそれが何の役に立つのか?
適切な利用法が思いつかない剛士はさらに眉間に皺を寄せて考え込むのであった。
あー、でも崎本とかにやらせたら面白そう・・・、とか変な発想に飛んでいると、ドタバタと重たい二つの足音が近づいてくる。
そういやあいつらにも集合をかけてたんだっけ。
「もー、剛にぃ聞いて下さいよ!雄ちゃんたら虫歯があるのに歯医者に行こうとしないんです!」
「だってまだちょっと沁みるだけだもん。こんなの虫歯に入らないって」
「ほら、そんなことを言って!それでひどくなったらどーするんですか」
「大丈夫だって、オレが頑丈なのは知ってんだろ?」
「そーゆー問題じゃーありません!!」
「・・・、お前ら、集合に遅れたのはそんな痴話げんかが理由か?
」
怒りのオーラを背負って威厳たっぷりに呟いたはずなのに、二人は白目と点目になって思い切り引きながら遠のいて行った。
そりゃもう、壁とお友達になるくらいの勢いで。
「おいこら、なんだその反応は!?」
「ちゅか、つーのさんこそ、なんなの、その声!!!」
猫だったら完全に全身の毛が逆立ってるだろうってくらいの警戒心丸出しで雄輔が叫んだ。
きっと犬だったら耳を伏せて尻尾を内またにクルンと丸めてしまっていることだろう。
冷静に妄想想像してほしい。
あの剛士の声が、平野綾も真っ青なアニメ女子な声になっている姿を・・・。
(そりゃ威嚇もするわな)
「あー、これ?忘れてたわ」
べーと舌を出して、その上に乗っけていた銀のプレートを取り出す。
「ほら、これで元通りだろう?」
いつものハスキーボイスに戻って、直樹も雄輔もほっと胸を撫で下ろした。
剛士の風体であの声じゃ、どーみてもコッチ系のヤバい人だ。(しかもややボッタクリな感じの)
「もー、脅かさないでよぉ。なにしたの?」
「ボイスチェンジャーを使ってただけだよ。赤信号研究所の博士たちが作ってくれたんだ」
「この小っちゃいのがそうなの?口に入れるだけで良いんだ?」
さっきとは打って変わって興味津々な顔で近すぎるくらい近づいて来た雄輔は、剛士の手の平に乗っかっていた ボイスチェンジャーを拾い上げ何の躊躇いも無しに自分の口に放り込んだ。
雄ちゃん、それ、さっきまで剛にぃがお口に入れてたモノなんだけど・・・。![]()
絶対に『次はノックも♪』と勧められても、断固として辞退しようと決心を固める直樹であった。
「ああーああーー、うわっ、本当だっ。声がちがーーう
」
周波数の高い、必要以上に大きな声が、真横にいた剛士の耳にキーンと突き刺さった。
これは、けっこうきつい。
「雄輔、お前・・・」
「えー、なーにー?これ、めっちゃ面白いねぇ
。やっぱうちの博士はすごいわ
」
自分の声が変わったことが楽しいのか、にっこにこの笑顔で博士たちに愛嬌を振りまいている。
博士たちだって褒められれば悪い気はしない。
それは別に良いのだが、なんというか・・・。
「剛にぃ」
「ん?どした?直樹も使ってみたいか?」
「いえ、それは絶対に無いんですが、雄ちゃんであの声って、違和感感じないのは何故でしょう?」
新しいおもちゃを貸してもらえて嬉しそうな雄輔、その雄輔にすごいすごいと持ち上げられてデレデレの笑顔になってる博士たち。
その合間合間に聞こえてくるあのアニメ声が、雄輔の仕草や表情と何故だかマッチして見える。
「・・・、そーいや大将も、雄輔はキャバ嬢みたいな一面があるって言ってたな・・・」
それ以上深く考えるのはやめよう。
声に出さずともその結論に達した二人は、重~いため息をついて燥ぐ雄輔から視線を逸らすのであった。
明日に続く!