緊迫した表情を和らげるため、直樹は一端ふうと息をついた。
まさか向井と雄輔が私的に連絡をとるなんて思ってもいなかったので油断していたが、ばれてしまったのならしょうがない。
「あのね、向井くんもノクを心配して、傍にいてくれってオレに頼んだんだ。だから・・・」
「分かってる。二人の気持ちには感謝するよ。心配してもらえるのは愛されてる証拠だからね。
でも、本当の今はサッキーと二人にしてくれないかな?サッキーが居てくれればボクも平気だと思うし」
雄輔が縋るみたいに泣きそうな顔になった。
もちろん今の直樹にはそんな雄輔の表情は見えてない。
実際にその目で見る事が叶わない分、鮮明に彼の寂しそうな顔が脳裏に浮かんでしまった。
その切なさを断ち切って、彼に話しかける。
「雄ちゃんがね、隣で寝ててくれたから、安心できた。だから今夜は大丈夫」
ねっ(*^-^*)って微笑まれたら、もう雄輔は何も言えなかった。
直樹の米神と、直樹の腕に収まってる崎本のつむじにそっと唇を寄せて、おやすみって言うことしか出来なかった。
「行こ、つーのさん」
「ああ。
直樹、大海のコト、頼んだ」
まかせて、って直樹が軽くて手を振って答える。
その彼の胸元から、崎本の真っ黒く潤んだ瞳が物言いたげに剛士を見詰めていた。
複雑に感情が入り組んだ崎本の視線を受け止めて、剛士がふっと唇の端だけで笑ってみせる。
それ以外、何を与えてあげれただろう?
ちょっと付き合え、と雄輔を喫煙スペースまで連れ込んだ。
適当にソファに座る雄輔は頭からタオルケットを被り、例のぬいぐるみをむぎゅっと抱きかかえてる。
まったく、次から次へと問題提起してくれる奴らだよ。
剛士は持ち合わせの小銭を確認して、自販機の投入口から突っ込んだ。
基地で管轄しているので、時間やPASMOの有無に関係なく購入できる。
コインが自販機の中を駆け落ちるお決まりの音が聞こえると、並んだランプが一斉に赤く灯った。
剛士の指先がそのうちの一つのボタンを押すと、一瞬送れて取り出し口に煙草の箱が落ちて来る。
「つーのさん・・・」
どこでも見られる光景を前に、雄輔が驚いたように目を見張っていた。
構わずに剛士は一本取り出し、口にくわえて火をつける。
手馴れた動き、深く紫煙を吸い込む姿も板についてて・・・。
「そんな驚いた顔すんなよ。吸わなきゃやってらんねー時だってあるっつーの」
身体と喉の事を考えてやっと成功した禁煙だが、そんな事はどうでも良く思えた。
寝惚けて奥さんと間違って男の子を襲いかけました、なんて普通にしてりゃ笑い話だ。
だけどあいつは、あの細っこい身体を震わせて、苦しそうに瞳に涙を溜めて、どんだけ恐い思いをしたのか、口で説明されなくったってイヤでも身に染みて分かった。
今、一番誰かの心の支えが必要なときなのに、そして支えてあげるべきは自分なのに、崎本を不安に陥れてしまった。
これで吸うな、と言うほうが無理だ。
苛立たしげな剛士を黙って見ていた雄輔に、お前も吸うか?と開けたばかりの煙草を差し出さす。
雄輔は戸惑いながらも一本貰って口にくわえた。
タオルケットとぬいぐるみと煙草か。
煙草を挟んだままの剛士の口元が苦笑する。
このアンバランスさが上地雄輔なんだろうな、と妙な納得をしながら。
「でさ、オレをここに連れてきた目的はなんなの?
まさか一緒に煙草を吸うためじゃないでしょ」
くぐもる紫煙を映した、やけに冴えた光の宿る瞳。
そんな顔、直樹の前じゃ絶対にしないくせにと剛士は密かに毒付く。
「教えてもらおうか、直樹を一人にしちゃいけない理由。
あいつが精神的に弱いところがあるのは俺もお前も充分に知ってる。
それを踏まえた上で、あいつが助けを求めて来ないうちは手を出さないって判断してるはずだ。
違うか?」
お互いに確認したことはない。
だが直樹が苦しんでいても、自分でどうにかしようともがいてるうちは無闇に手を貸さないと、彼が泣きついてきたときに初めて手を差し出すべきだと、そう言う暗黙のルールを共有してるはずだった。
「オレだってそんくらい分かってるよ。
あいつが自分からボロを出さないうちは何があっても黙って見てるつもりだった。
何か抱えてるなって薄っすら勘付いてたけど、余計な詮索もしないで放っておいたんだ、だけど」
悔しさが滲んだ唇から舌打ちの音が漏れる。
直樹が頑固で自尊心が強いことは知っていたはずだ。
もっと早くに、何が起こっていたのかだけでも探るべきだった。
「ノクさ、出動した日の夜は決まって良くない夢を見るみたいなんだ。
寝れなくなるどころか、酷いときは吐き戻しをするくらいの」
「おい、なんだよそれ!」
「オレも向井くんから聞くまでは知らなかった。そんなひどい状態になっても隠してたなんて。
ノックはこんなこと、オレラに知られたくなかったんだって。
オレラが知ったらノクを戦いに連れて行かなくなるんじゃないか、ノクに辛い思いをさせてるって自分自身を責めるんじゃないか。そんな事考えていたらしい。
一人でもっと強くなろうもっと逞しくなろうって、ずっと我慢してたんだって・・・」
バカだ、大馬鹿野郎だ。
あんなに、一人で強くなる必要はないって言ったのに。
三人で無敵になれば良いって、あんなに言ったのに。
自分の心の重荷を、誰にも知られないようにこっそりと被ってなんでもない顔して。
『だって、僕がこんなになってるって知ったら、雄ちゃんも剛にぃも悲しむから。
悲しんで、自分のことをきっと責めるから、だから、絶対に言いたくないんだ』
「いらねーよ、そんな優しさ・・・」
「まったくだ。直樹らしいと言えば直樹らしいけどな」
困った子供達だよ。
ギュッと灰皿に煙草を押し付け、剛士は赤い粉の一欠けらまで火が落ちるのを眺めていた。
穏やかな笑顔にいつも惑わかされる。
へーきって稚く言う言葉を信じてしまう。
その裏に隠している壮絶な物が透けて見えてしまったとしても。
直樹、お前が助けを求めないなら、俺は手を出さない。
自分の足で立ち上がりたいって願うなら、そうなれる自分を信じて苦しみを乗り越えて来い。
本当に駄目ならいつでも手を貸してやるから、抗う気持ちがあるうち自分で足掻いてみるんだ。
お前には、耐えて乗り切れるだけの力があるから・・・!
「俺らもボチボチ部屋に戻るか」
剛士が立ち上がると、雄輔も吸いかけのタバコを始末して大人しく付いてきた。
雄輔は、きっと直樹を放っておけないだろうな。
あいつを信じてても、どうしても手を出してしまうだろう。
そうゆう男だ。
「ねえ、つーのさん、オレの部屋来て」
「・・・なんで?話なら終ったろ?」
それともまだ話さなくてはいけないことでもあるのだろうか。
剛士があらゆる可能性を模索していると、子供の顔に戻った雄輔が呟いた。
「オレ、今日は一人じゃ寝れそうにない。一緒に居て」
「あんじゃそりゃーー!!」
「いいーーーじゃん!!
だいたい、つーのさんが血迷ってサッキーに手を出したりしたから話がややこしくなったんだよ!」
「おまっ!!手を出したって人聞きの悪い!!あれは過失行為だっっ!」
「ええ~、本当に過失~~??
サッキーの可愛い寝姿に理性が吹っ飛んじゃったんじゃないのぉヾ( ´ー`)コノエロオヤジ」
「雄輔!このやろ!!」
ドタバタと廊下を逃げる雄輔を、剛士が追いかけようと走り出した、そのとき。
ばちこーん!と鈍い音が響くと同時に、脳天から星が出るような衝撃に襲われた二人だった。
「いって~~」
「え?なに?こんな時間に敵の襲来?」
ふと見ると、竹刀を手にしたモナさんが額に血管を浮き出しながら仁王立ちしていた。
(恐い・・)
「こんな時間はこっちの台詞です!!
夜遅くになに騒いでるの!!」
「「ご、ごめんなさ~~い」」
モナの迫力に負けて思わず並んで土下座する二人だった。
正義の味方も、モナさんにかかっては近所のワルガキ扱いである。
こんなんで明日は朝の7時から戦えるのだろうか?
作者もちょっと待ち合わせ時間の設定を後悔し始めてるぞ?
(出たとこ勝負の無計画者)
そんなわけで、続く。